ジョン・ゾグビー

1960年以来、世論調査の数は劇的に増加した。本稿では、世論調査専門家のジョン・ ゾグビーが、公職を目指す候補者に対する人々の見方を読み取るばかりでなく、目下のところの問題に関する有権者の価値観や感情を明らかにする上での、世論 調査の重要性を論じる。筆者はニューヨーク州ユーティカ市を本拠とし、ワシントン、マイアミ、ドバイに事務所を持つソグビー・インターナショナルの社長で ある。同社は1984年以来、北米、中南米、中東、アジアおよびヨーロッパで世論の動向を調査している。

ニューメキシコ州サンタフェで車にガソリンを入れながら、有権者登録するアルフォンソ・マルチネス(© AP Images/Jeff Ceissler)

ニューメキシコ州サンタフェで車にガソリンを入れながら、有権者登録するアルフォンソ・マルチネス(© AP Images/Jeff Ceissler)

私は質問をすることで生計を立てている。そこで、ここにいくつかの質問を用意した。選挙の何カ月も前に行われる初期の世論調査にはどんな意味があ るのか。それは何かを予測するものなのか、それとも世論の動向を示す単なる尺度なのか。地球温暖化をめぐる議論が盛んだが、米国人(そして米国の選挙を見 守る人々)は、「世論調査汚染」、すなわちあまりにも多くの世論調査結果が公表されることの犠牲者なのか。われわれは世論調査なしでやっていけるのか。こ れらの質問にそれぞれ答えてみようと思う。

選挙の何カ月も前に行われる初期の世論調査はどんな意味があるのか。それは何かを予測するものなのか、それとも世論の動向を示す単なる尺度なのか。

選挙戦初期における世論調査の価値の比喩(ひゆ)として私が思いつく中で最もわかりやすいものは、2008年11月までに体重を減らすという目標 を立てている人の場合である。この人は何カ月も体重を量るのを避けるべきなのか、それとも減量の進み具合をしばしば測定すべきなのか。減量を試みる人々の 大多数は、政治専門家や政治オタクによく似ており、頻繁に情報を欲しがる。もちろん、ダイエット中の人が設定期日までに目標を達成できる保証があるわけで はないが、調査結果に基づく経過報告は、さらに努力が必要か、あるいは、時にはチョコレートケーキを1切れ食べてもよいのかを考える際の論拠になる。

選挙戦初期の世論調査は、単にどの候補者がリードしているかを示すだけでなく、豊富なデータを提供する。ある時点における最大の争点は何か。そう した最重要課題は今後変わるのか、また、それに対処する必要はあるのか。初期の世論調査は、一般市民の全体的な雰囲気も描き出す。国が進んでいる方向に一 般市民は満足しているか、それとも、われわれがいつも彼らに質問する際に使う言葉で言えば、「間違った方向に進みつつあるのか」。こうしたことを読み取る のが大切である。そして、世論調査は、候補者が見るもの、また多くの人々が感じるもの、すなわち満足感、憤り、怒り、欲求不満、自信、あるいは失望など に、科学的な意味合いを付けただけにすぎない。

世論調査専門家が調査しているのは、有権者自身が理解さえしていないこともある事柄についての表面的な感情や一時的な意見だけではないのであり、 この点を理解することが重要である。優れた世論調査は、有権者が特定の問題に対してどのような価値観を持っているかを明らかにしようとする。価値観は一過 性のものではなく、むしろ個人の内部に深く染み込んだ、侵すことのできないものである。そして、人々は自分自身の価値観について心の葛藤(かっとう)を抱 えていることも多い。1人の有権者が、イラク戦争は不必要な死と破壊をもたらしているからうまくいっていないと感じる一方で、これと同じほど深く、米国の 名誉と信頼性が危機にひんしていることを心配している。有権者を説得して内なる葛藤を静めるような正しいシンボルとメッセージを練り上げることが、候補者 とプロの広報担当者の仕事である。どのようなメッセージとテーマを強調して有権者に伝えるかを決める上で、世論調査が貴重である理由がここにある。

同様に、私は30年にわたる世論調査の実務経験から、主要課題をめぐる政治運動においては、多数派であることよりもその課題に対する思いの強さの 方が重要であることを知った。ここで少しの間、2008年大統領選挙における現時点での最重要課題を検討してみよう。他を圧倒して1位となっているのはイ ラク戦争である。有権者5人のうち3人近くがイラク戦争を最重要課題として挙げている。2004年には、戦争に反対したのは主として民主党員(80%超) と多数の無党派層(60%超)であったのに対し、当時、共和党員の戦争支持は民主党員の戦争反対に匹敵するほど強かった。従って、ブッシュ大統領は、テロ との戦い、すなわち、彼の方が民主党の対立候補ジョン・ケリー上院議員よりもうまく対処できると大多数の有権者が見る問題とイラク戦争を関連付けたため、 イラク戦争はブッシュ大統領に不利にはならなかった。しかし、2005年までに、共和党保守派のイラク戦争支持が弱まったばかりでなく、少数派ながらも固 い基盤を持つ、自由主義や穏健派の共和党員が大統領に反対するようになった。

テロとの戦いは、2番目の重要課題であり、世論の動向を見るのに役立つ。2004年の再選時、ブッシュはケリーよりもこの問題にうまく対処できる として、支持率で67%対24%とケリーをリードしていた。2005年までに世論は、テロと戦う能力について民主党が共和党とほぼ互角になった、と見るよ うになった。しかし、2008年に向けて、民主党がこの問題で共和党に追いつくまでにはなっていない。というのも、有権者は民主党を勝利に導くほど強く同 党を支持していないからである。少なくとも、現在のところはそうである。

過去数回の選挙において、有権者が特に強い思いを抱いた問題は、「神、銃、同性愛者」であった。しかし、共和党は有利な立場を失いつつあるかもし れない。なぜなら、有権者は、激しい感情を特徴とする、不安感や怒り、不満といった反応を誘発する、イラクや医療などの問題に目を移しつつあるからであ る。

2008年に強い関心を呼ぶことになりそうなのは、移民問題である。そしてここでも、世論調査は示唆に富んでいる。米国人は不法移住には反対して いるが、すでに米国内に居住している人々のために市民権取得の道をつくることは公平なことだと信じている。米国人は国境警備の強化を望んでいるが、米国と メキシコの間に塀を建設するために何億ドルも支出することには反対している。しかし、イラク戦争と同様に、この問題はさまざまな施策に賛成または反対する 多数派の人々の影響はそれほど受けておらず、その代わり、比較的少数の有権者の賛成または反対の強さによって決まる。共和党は、この問題でも困難な立場に ある。

共和党の大統領・連邦議員候補は、米国内に現在不法に居住する人々の合法化に向けたいかなる活動にも最も強く反対する最も保守的な人々と、南部国 境沿いに壁を築こうとする取り組みによって疎外されるヒスパニック系有権者の板ばさみになっている。しかも、ヒスパニック系有権者の数は増えている。次に あげる数字を考えてみよう。ヒスパニック系は、1992年の選挙で有権者9200万人の4%、1996年は有権者9500万人の5%、2000年は有権者 1億500万人の6%、2004年は有権者1億2200万人の8.5%を占めた。そして、米国の有権者人口に占める比率で見ると、総人口よりも速いペース で増加を続けている。2004年選挙で、ブッシュ大統領はヒスパニック票の40%を得た(対2000年比で5ポイント増)が、彼はこの時、前回よりはるか に大きなパイのはるかに大きな1切れを獲得したわけである。主に移民問題(イラク問題および経済に加えて)が原因で、2006年の連邦議会選挙の投票総数 に占める共和党票の比率は28%に低下した。そして、共和党は大敗した。2008年選挙サイクルにおける初期の世論調査は、共和党がヒスパニック系有権者 の間で不振であることを示しており、同党は移民問題で厳しい選択を迫られている。

「世論調査汚染」はあるか

1960年代には、ギャラップとハリスという世論調査機関があった。1970年代までに、主要テレビネットワークが大新聞と手を組んだ。とはい え、1992年までは、大規模な世論調査は依然として数えるほどしかなかった。メディアによる世論調査や独立した世論調査が必要だという論拠は明快だっ た。こうした調査は、信頼できる独立した機関が行う世論調査の結果を公けに記録することによって、一般市民と寄付をしてもらえる可能性がある人の両方を欺 くために虚偽の世論調査を発表して、実際以上に自分がうまくやっているように見せかけようと謀る候補者による調査結果の悪用を阻止する機能を果たした。
しかし、世論調査の数が増えるにつれて、調査機関、一般市民、メディアの責任も増している。世論調査を職業とするわれわれには、調査で何ができ て、何ができないかを米国人に気付かせる義務がある。われわれが実際に行っていることは、時の流れの中の一瞬をとらえ、計測し、進ちょく状況を目盛りで示 しているにすぎないにもかかわらず、調査結果を発表するたびに、われわれがどうやって「予測を行っている」のかという話をよく聞く。世論調査の実施時点と 投票日の間には、たとえ調査が投票日前日に行われたとしても、何が起こるかわからない。ケーブルテレビのニュースネットワークや、その他の新しいメディアの急増に伴って、世論調査が急激に増えている。2006年現在、少なくとも24 の独立世論調査が公表されており、その数は増えつつある。従って、本当の問題は、報道機関の数が多すぎるのか、世論調査の数が多すぎるのか、ということで ある。現在までのところ、米国人はニュースの選択肢が増えたこと、世論調査が増えたことを歓迎しているように見える。米国人は、何かとつながっていると感 じること、自分の物の見方が主流にあるのか、あるいは主流から外れているのかを知ること、そして友人関係、美容院・理髪店、コンビニエンスストア、家族、 近所といった自分自身の世界を超えた、より多くの人々の間で、自らが支持する候補者が選挙戦をどのように戦っているかを知りたいと望んでいる。

また、世論調査は完ぺきではない。われわれは、指定された母集団に属するすべての人と話をするわけではなく、そこから抽出標本を採っているにすぎ ない。したがって、世論調査にはもともと抽出誤差の原因が内在している(ほかにも誤差を生む要因はあるが)。全国調査の場合、世論調査機関のほとんどは抽 出誤差の範囲を「プラスマイナス3ポイント」としている。つまり、6ポイントの幅の変動があり得るということである。全国調査で、候補者Aが支持率 53%、候補者Bが47%の場合には、Aは最高56%、最低50%ということになるのに対し、Bは最高53%、最低44%となる。換言すれば、両候補が並 んでいる可能性もある。われわれは、選挙が接戦か、そうでないかは言えるが、直感や数字の分析による場合を除き、結果の予測はしない。そして、それは主と してエンターテインメントのためであり、予測することが目的ではない。

一般市民は、世論調査に対して健全な疑いを持つ必要がある。世論調査は選挙の動態を理解する上で極めて有用なツールであり、否定されるべきではな い。そして、一般的に言って、われわれの仕事の成果は極めて正確である。2000年の大統領選挙の際、私の会社の調査(CBSの結果も同じ)によれば、ア ル・ゴア副大統領(当時)がわずかな差ながら総得票数で勝利を収めるという結果が出ていたのに対し、ほかのいくつかの調査では、当時テキサス州知事だった ジョージ・W・ブッシュが2~3ポイントの差でリードしていた。しかし、基本的にはどちらも同じことを言っていたのである。

オクラホマ州オクラホマシティーでの講演で、2008年選挙におけるヒスパニック系有権者の重要性の高まりを説明する国際的な世論調査専門家、ジョン・ゾグビー(© AP Images)

オクラホマ州オクラホマシティーでの講演で、2008年選挙におけるヒスパニック系有権者の重要性の高まりを説明する国際的な世論調査専門家、ジョン・ゾグビー(© AP Images)

最後に、メディア、特に放送メディアは抽出誤差や質問の言い回し、その他の世論調査における制約についてもっとうまく説明するとともに、その適切 な文脈において、つまり世論調査が実施されている間に結果に影響を与えた可能性のある出来事、演説、その他の要因を考慮に入れて、調査の結果を報道すべき である。

世論調査なしでやっていけるか

私にはとても無理だ。プロの政治家や政治評論家もやっていけないだろう。世論調査は、国民の最も奥深いところにある考え、感情、偏見、価値観、そ れに行動を明らかにするという重要な機能を果たす。私の長い経験から分かったことは、米国人は個人としては十分な情報を持たず、無関心で、間違っているか もしれないが、国民全体としては常に十分な情報を与えられており、世論調査に回答するとき、あるいは最終的に一票を投じるときに間違いを犯すことはほとん どない、ということである。


*本稿は、eJournal USA 2007年10月号に掲載の "Political Polls: Why We Just Can't Live without Them" の仮訳です。