マルゴ・キャリントン 在福岡米国領事館・首席領事

マルゴ・キャリントン 在福岡米国領事館・首席領事

マルゴ・キャリントンは、外交官としてフルタイムで働く母親である。彼女がキャリアに専念できるのは、家で就学年齢にある2人の子供を世話する夫のウィリアムのおかげである。マルゴは先ごろ、ウナ・チャップマン・コックス・サバティカル奨学金を得た。2010年7月に首席領事としての任期を終え本国に帰国するが、その後は同奨学金で、米国の家族および仕事と家庭の両立に関する問題を研究する予定である。

女性のキャリアチャンスが限られている日本に駐在する米国の外交官として、私はこれまで、米国における働く女性の進出を日本の皆さんに伝えてきた。1950年に福岡で米国領事館が開設されて以来、着任した首席領事20人中、女性の首席領事は私で3人目であり、子供を持つ首席領事は私が初めてとなる。2007年の夏に着任すると間もなく、地元の女性団体から、働く母親としての私の経験をメンバーに話してほしいと依頼されるようになった。九州各地の団体で話をすることで、女性の地位向上に貢献し、仕事と家庭の両立を可能にした要因や、こうした問題に関する日本と米国の相違点をより深く理解できるようになった。

国連開発計画が毎年発行する人間開発報告書の中にある「ジェンダー・エンパワーメント指数(GEM)」によって、女性が社会でどのくらい「エンパワー」されているか、つまり女性がその国の政治、経済、そして社会生活にどの程度参画しているかを国ごとに比較できる。GEMはまた、経済や教育の機会、政治的影響力の程度、男性と比較した場合の女性の健康と福祉といった点で、各国で男女平等がどれほど浸透しているかを測る尺度でもある。GEMは、男女間の賃金格差や、女性国会議員の数など経済・政治分野で国のトップレベルにいる女性の数といった要素をもとに算出される。女性にどの程度の経済的機会が与えられているかを決定する際には、職場での性差別を防ぐ法律や産前産後休業および育児休業に関する国の法律の有無、育児支援の利用の可否などが考慮される。

2009年、日本は国連開発計画の人間開発指数(HDI、各国の人間開発の達成度を長寿、知識、人間らしい生活という3つの側面で測った複合的指数)で第10位にランクされ、HDIが非常に高い国のリストに入っている。しかし、GEMでは、109カ国中57番目である。GEMランキングで日本よりひとつ上の56位はキルギスで、すぐ下の58位はスリナムである。HDIが高いとされた20カ国のうち、GEMのランキングで22位を下回った国は日本だけである。日本は開発のほとんどの分野で大きな進歩を遂げているが、女性のエンパワーメントの水準は低く、その間に大きな隔たりがあることが浮き彫りになっている。

男女平等を完全に達成した国はまだなく、米国もGEMランキングの上位10カ国入りしていないことも指摘しておく。米国は2009年のGEMランキングで18位であった。とはいえ、近年の米国女性の進出は目覚しく、米国の政治・経済分野において一大勢力になったことは否定できない。

過去数十年間で、米国では女性の職場進出が進み、米国社会は大きく変化した。今日、女性が米国の労働人口の半分近くを占め、アメリカ進歩センターの最近の報告は、「米国の経済分野で女性は一大勢力を形成している」と指摘している。今日の米国の家庭は、ほとんどが共働きである。2007年には、未成年(18歳未満)の子供を持つ母親の63.3%が仕事を持ち、そのうち24%が、世帯所得の少なくとも25%に貢献していた。(1) さらに1967年以降着実に高まっている傾向として、未成年の子供を持つ母親のうち39%以上が一家の主な稼ぎ手である。(2) この中には、母子家庭も含まれる。こうした変化は米国の家庭生活だけでなく、米国の雇用の本質にも大きな影響を及ぼした。現在では多くの雇用主が、社内託児所の設置、育児休業の延長、より柔軟な就業スケジュールの採用など、働く母親のニーズに応えるために一層努力しており、それ以外にも、女性が仕事と家庭を両立できるような方策を取っている。こうした支援を提供した雇用主の下では常習的な欠勤が減り、従業員の定着率も高く、生産性も向上したというデータもある。(3)

女性団体に話をするマルゴ・キャリントン氏

女性団体に話をするマルゴ・キャリントン氏

「マミートラック(訳注:子育てに有利な雇用条件を得られるが、通常は昇進機会が限られる母親用の職業コース)」なるものが存在するとの指摘もある。家族への責任を果たせる就労形態を必要とする女性は、そのために自分のキャリアを犠牲にしなければならない。雇用主が、出産や子育てのために長い休業が必要かもしれない女性の昇進に消極的だからだ。しかし実際には、米国人女性は出産の直前まで仕事を続け、出産後も数週間で職場復帰することが多く、通常それよりもはるかに長期の産前産後・育児休業を取る日本やその他先進国の働く女性との差は際立っている。その結果、米国では、このような新たな現実に対応した、より家族に配慮した政策や就労形態の必要性に関する議論が続いている。また、こうした変化を強く求めているのは女性に限らない。以下で詳しく論じるように、米国人の父親は、こうした変化に対応して、子育てに対する責任をより多く分担するようになってきている。現在米国では、働く母親、そして子育ての責任を担ってきた働く父親にとって、より一層の柔軟性が必要だという点に議論が集中する傾向がある。

米国では、多くの労働者が、高齢の親に対する責任を負わなければならない点についても認識が高まっている。そのため、単に「子育ての責任」ではなく、「家族を世話する責任」のような言葉が使われることが多くなっている。多くの事例では、1人の労働者が高齢の親と子供の両方を世話しており、そのため仕事と家庭の両立が米国社会の問題として顕在化してきた。その結果、この問題は、財界や労働界で議論されるだけでなく、政治課題としても取り上げられることが多くなっている。

オバマ大統領は大統領選中に、米国の勤労世帯が置かれている窮状と、育児休業をさらに延長する必要性に度々触れてきた。就任からわずか10日後には、バイデン副大統領を議長とする「中間層勤労家庭に関するホワイトハウス・タスクフォース(White House Task Force on Middle Class Working Families)」を発足させた。このタスクフォースの主な目的は、子育て世帯への金銭的支援を充実させ、高齢者を介護している世帯への支援を拡大する方策を見つけることである。2009年3月には、オバマ大統領が、「女性と少女に関するホワイトハウス評議会」を創設する大統領命令に署名した。これは、「女性と少女が直面する課題に連邦政府が連携して取り組む」ことを命じている。(4) さらにすべての省庁に対し、その政策やプログラムが女性に、とりわけ仕事と家庭のバランスの領域でどのような影響を及ぼすかを考慮するよう求めている。

ヒラリー・クリントン国務長官は、働く母親としての自身の経験を率直に語り、米国の外交政策が女性に関する問題を重視するよう促してきた。クリントン長官は、特に、アジアをはじめとする外国の若い女性から、仕事と家庭に関する問題について質問されることが多い。2009年2月に韓国・ソウルの梨花女子大学の学生に講演した際、クリントン長官はこの問題への質問に「女性が家庭と仕事を両立させることが非常に難しくなっている原因は、今も社会にあります。(中略)私の国もそうです。質の高い育児への支援はありませんし、多くの場合、勤務時間のフレックスタイム制も導入されていません。フルタイムで働く女性の多くが、母親と労働者としての義務のどちらも果たせていないと感じています。彼女たちは大変苦しんでいます。社会から広く支援を得て、ほとんどすべてのことを自力で何とかする必要がなくなれば、家庭と仕事の両立はずっと容易になるでしょう」と答えた。

米国の政府や公的機関は、米国の勤労世帯に影響を及ぼす問題に対応しようとしているが、クリントン長官が指摘するように、さらなる前進が必要である。その間、多くの家庭では、仕事の責任と、家庭生活の責任の間でバランスを保つために、自分たちなりに努力している。「平等な育児分担」とも呼ばれる動きでは、米国の多くの両親が、「育児、家事、稼ぎ手としての役割」を平等に分担し、「自分の時間」を平等に得られるよう、仕事と家庭生活のスケジュールを立てている。(5) 中には両親がともに育児と稼ぎ手としての役割を果たしていて、どちらか一方が必ず子供と一緒に家にいられるようなシフトで働き、外部の保育サービスをあまり必要としないようにしている世帯もある。共働き世帯、特に24時間休みない世話が必要な就学前の子供がいる世帯では、両親が交互に育児休業を取得して、どちらか一方が1日中子供と一緒に家にいられる期間を長くしているところもある。こうした変化はすべて、両親がより平等に育児に取り組もうとする米国の傾向を示している。育児はもはや、母親の主な責任ではなく、両親とも責任を負うべきであるという考えが次第に広まっている。

その結果、米国社会で新たな動きが生まれた。それは、母親が一家の主な稼ぎ手となる一方で、家で子供の世話をする父親「ステイ・アット・ホーム・ダッド(SAHD)」の数が増え、こうした父親が次第に受け入れられるようになったことである。一説によると、現在米国には、SAHDが100万人から200万人いる。多くの専門家は、米国の国勢調査の数字は、SAHDの数を実際よりも少なく見積もっていると考えている。2007年の国勢調査では、SAHDの数は推定16万5000人とされていた。(6) しかしこの数字には、母親が家庭の主な稼ぎ手である一方で、父親が学生の場合や、定年退職者、あるいは自宅で非常勤の仕事をしているような事例は含まれていない。

米国では今でも男女間の賃金格差があり、2008年の女性の平均収入は、男性の77.1%でしかなかった。しかし、今では収入において男性と肩を並べ、働くことが家族の幸福への一番の貢献だと考えている女性も多い。(7) その反面、家庭にいる方が家族に貢献できると考える父親が増えている。家で子供と一緒にいたいと考え、その機会に恵まれた父親にとって、そうすることは当然の選択である。

専業主夫についてのパネルディスカッションに参加するマルゴ氏の夫であるウィリアム・キャリントン氏。

専業主夫についてのパネルディスカッションに参加するマルゴ氏の夫であるウィリアム・キャリントン氏。

米国最大のオンライン求人サイト(Careerbuilder.com)の調査では、父親全体の40~50%は、可能であれば家庭にいることを選ぶという結果が常に出ている。今では、父親がより多くの時間やエネルギーを子供に費やすため、自ら就業時間を短縮したり、新たな職責を辞退することが、非常に一般的になっている。こういう男性は自ら「マミートラック」を選ぼうとしている、と言う人もいるかもしれない。しかし、ここからはっきり見えてくるのは、多くの米国人男性が、もはや一家の稼ぎ手となることだけが父親の役目ではないと考えているということである。これは、多くの米国人女性が、家での育児だけが母親の役割ではない、と考えるのと同様である。

米国では、育児を平等に分担し、両親共に子供の生活の中で重要な役割を果たせるように、さまざまなやり方で仕事のスケジュールを調整する親が増えている。職場と家庭で交代で働くことで、一家の稼ぎ手と育児の役割を平等に担っている夫婦もいる。多くの場合、一方の親が夜働き、もう一方が子供と家にいる。そして、朝になって一方の親が仕事に出かける時には、夜勤の親が子供と家にいる。このためには、極めて忙しいスケジュールをこなさなければならないことが多いが、育児を人任せにせずに親自身がその役割を担えるし、低所得世帯の場合には、この選択肢しかない場合もある。

育児と生計を支える責任を平等に分担するが、その時期が異なる親もいる。この場合は、両親が交互に育児休業を取るが、通常は母親が出産直後に育児休業を取り、母親が職場復帰すると父親が休暇を取る。このような家庭で育った子供の男女の役割に対する考え方は、父親が主な稼ぎ手という、より「伝統的な」家庭で育った子供と大きく異なる。こうした経験は新世代の子供たちに影響を与え、彼らが成長し、一家の稼ぎ手と親の役割を担う時には、家庭生活に対する新たな考えを持つようになるだろう。

現代の米国人は、男女を問わず、男女の役割について、これまでよりも寛容で柔軟な姿勢を示しており、両親ともに育児により深く関わろうとしている。そのため、米国の家庭生活の質は飛躍的に向上した。今や米国の制度は、このような変化に対応し続ける必要があり、さらにうまく仕事と家庭を両立させたいという父親・母親双方からの要求に応えなければならない。

私は、日本の政界・財界の指導者や諸機関が、日本の家庭が直面する多くの課題を検討し、仕事と家庭の両立を支援する方策を見つけることを願っている。そうすることで、労働力不足が伴う高齢化社会など、日本が将来直面する課題に、より的確に対処することができるだろう。一方で、職場でより平等な機会を得ながら、育児に伴う非常に重大な責任と大きな喜びをもっと平等に分かち合うために、どのように仕事と家庭生活を調整すべきかを、日本の母親と父親にも考えてもらいたいと思っている。


  1. ヘザー・ボウシー「The New Breadwinners」。マリア・シュライバー編「The Shriver Report: A Woman’s Nation Changes
    Everything」(2009 年10 月16 日公表) に収録。こちらで閲覧可能(2009 年11 月23 日に検索)。
  2. 同上。
  3. 大統領府経済諮問委員会「Work-Life Balance and the Economics of Workplace Flexibility」(2010 年3 月)。こちらで閲覧可能(2010 年4月2日に検索)。
  4. 大統領文書、大統領令13506、2009 年3月11 日。
  5. マーク・ヴァション、エイミー・ヴァション共著「Equally Shared Parenting: Rewriting the Rules for a New Generation of Parents」(ニューヨーク、ペンギングループ、2010 年)。
  6. 米国国勢調査局、「Parents and Children in Stay-At-Home Parent Family Groups: 1995-2007」(表67)。こちらで閲覧可能(2009 年11月23 日検索)。
  7. 女性政策研究機関(IWPR)、「Fact Sheet: Gender Wage Gap 2008」、2009 年9月、こちらで閲覧可能(2009 年11 月23 日検索)