「配偶者からの暴力」とは

配偶者からの暴力(DV)はこれまで、もっぱら女性の問題と考えられてきた。配偶者からの虐待は女性に影響を与えるが、他の人々や社会機関にも計り知れない結果を及ぼす。男性も虐待の被害者となり得るし、子どもたちもDVによる悪影響を受ける。公的機関は地域社会でのDVへの対応という重大な課題に直面する。DVが被害者に及ぼす影響は認識されやすいが、加害者もまた子どもを失う、人間関係に支障をきたす、法的責任を負うなどして、自らの虐待行為により影響を受ける。DVは年齢、人種、民族、社会経済的背景、性的指向、宗教にかかわりなく、あらゆる社会区分で発生し、誰もが直面しうる社会、経済、健康面の問題である。そのため全米の地域社会が、暴力の撲滅とDV被害者に安全な解決策を提供する戦略を策定しつつある。

DVの定義

DVは「成人または青少年が親密なパートナーに対して行使する身体的、性的、精神的あるいは言葉による攻撃および経済的支配を含む、威圧的で攻撃的な行動パターン」(注1)と定義される。DVは通常1回で終わらず、身体的な攻撃にも限定されない。親密なパートナーを支配しようとする者が、日常的に入念な方法でそのパートナーを脅迫、どう喝、操作し、身体的な暴力を振るうことである。虐待する側は特定の方法で、あるいは複数の方法を組み合わせて、パートナーに恐怖心を植え付け支配する。被害者を自分の思い通りに行動させ、その行動パターンを確立することが彼らの戦略の目的である。加害者はしばしば、被害者の特定の行動を虐待の理由または原因として挙げる。従って多くの場合、加害者による言葉や身体的虐待は、そうした特定の行動を改めたり制限することを目的とする。

配偶者からの暴力
――米国で被害者が支援を得る方法

 現在、暴力を受けている人は支援を求めてください。暴力行為が長引くほど、被害が大きくなる可能性があります。あなたは一人ではありません。あなたを信じ、助けたいと思う人々がいます。米国では在留資格の状況や市民権の有無にかかわらず、犯罪被害者はカウンセリング、通訳、安全対策、緊急時の避難所、さらには金銭的援助など、政府あるいは非政府機関が提供する支援を利用できます。弁護士費用を払う余裕がない場合でも、移民法違反者またはDV被害者向けの無料あるいは安価な法律支援を受けられる可能性があります。虐待を受けている場合には次の措置を取ることを検討してください。

  • 身の危険が迫っている場合は、警察に電話するか、逃げる。
  • 負傷している場合は近くの病院の救急治療室に行く。
  • 全米DVホットライン[800-799-SAFE(7233)]に電話する。毎日24時間体制で、さまざまな言語で相談に応じている。スタッフが近くのシェルターの電話番号などの役立つ情報を提供している。
  • 事前に計画を立てる。逃げた後に暴力が激化する場合があるので、安全な行き先を考える。全米DVホットラインから助言を得られる。
  • 自分の住む地域で支援を得ることができる場所のリストを州政府の情報源で調べる。
  • 家庭裁判所(州によってはDV専門の裁判所)に連絡し、裁判所からの保護命令の請求について情報を入手する。
  • 家族、友人、同僚、宗教指導者など、信頼できる人に助けを求める。例えば支援グループや精神医療の専門家など精神的支援を得る方法を探す。

米国保健福祉省女性の健康対策室が提供する資料からの抜粋 www.womenshealth.gov

DVへの社会の対応の変化

女性に対する過去の不平等な扱いやジェンダーの社会化(男女の社会的役割分担の習得)がDVの根本的な原因のひとつになっていると考える人は多い(注2)。1970年代になるまで、性的暴行を受けたりDVに苦しむ女性が助けや支援を求める公式の場はなかった。DV被害者のためのシェルターや支援サービスは存在せず、刑事あるいは民事裁判所、警察、病院、社会福祉機関もDVにはほとんど対応しなかった。社会や公的機関はDVを「私的な問題」とみなした。この問題に対する意識や認識が高まるにつれ、女性グループが被害者の安全確保の必要性と、DVの一因となる制度上の問題や社会の考え方への取り組みに焦点を当てた権利擁護運動を組織するようになった。ボランティアが自宅をDV被害者用の避難所をとし、危機対応のサービスを提供した。また集会を開き、女性への暴力を政治問題ととらえるようになった。一般に「暴力を振るわれた女性たちの運動(Battered Women’s Movement)」と呼ばれるこの草の根運動は、女性への不当な行為に対抗する取り組みを、今では全米に存在するDV関連の地域密着型の権利擁護プログラムの基盤となる社会運動へと大きく変えた(注3)

DV被害者に安全な選択肢を提供するには大きな社会変革が必要であり、この闘いにおいて「暴力を振るわれた女性たちの運動」が重要な役割を果たした。フェミニスト、地域活動家、性的暴行やDVを克服した被害者たちは、3つの主な目的を掲げて対応した。すなわち(1)被害者とその子どものための避難所と支援の確保(2)法的および刑事司法分野での対応の向上(3)DVに対する一般の人々の意識改革――である(注4)

共通のビジョンに基づく「暴力を振るわれた女性たちの運動」には固有の基本理念があった。今も引き続き、地域密着型のDV対策プログラムや権利擁護活動のネットワークの指針となっているその理念は以下のとおり。

  • 被害者とその子どもの安全を確保する
  • 虐待するパートナーのもとにとどまるか、去るかについての決定を含む、被害者の自己決定権を確保する
  • 社会的および刑事上の制裁を通じDV加害者に責任を負わせる
  • 被害者に対する社会的抑圧と闘い、被害者の権利を推進するための制度改革を実施する

現在、米国各地の地域密着型のDVプログラムは、下記のような多様なサービスを提供している。

  • 避難所や隠れ家
  • 国・州・地域が運営する緊急ホットライン
  • 危機に陥った場合のカウンセリングと介入
  • 支援グループ
  • 医療や精神衛生の専門機関の紹介
  • 法的権利の擁護
  • 職業相談、職業訓練、経済的な援助機関の紹介
  • 住宅供給・転居サービス
  • 交通手段
  • 安全計画
  • 子どものためのサービス

DV対策プログラムは一般の意識を高める運動の計画策定、社会奉仕活動に従事する人々との連携、被害者とその子どもの安全の向上を目指す政治的ロビー活動への積極的な参加などの継続的な権利擁護活動に取り組んでいる。こうした活動によるDVに対する意識の向上がもたらす効果のひとつとして、避難所、警察、司法制度だけでなく、社会のさまざまな部門がこの問題の特定および対処で重要な役割を担わなければならないという認識が高まっている。これらの部門には児童福祉、医療、精神医療、薬物乱用治療、経済界、宗教界などが含まれる。法的制裁が必ずしも最良の対応ではないという認識に加え、地域社会が住民のニーズを満たすプログラムやサービスを創設し、DVの防止や被害者支援の責任を負うべきだという意識が高まりつつある。その一例として、警察、DV被害者の権利擁護活動家、社会福祉機関、宗教界、地域住民の活動を組み合わせた、地域密着型の取り組みが挙げられる。

DVはもはや私的な問題ではなく、広くまん延した社会問題であると社会が認識している。それは、およそ2000もの避難所やDVプログラムが開設されていること、全ての州にDVを犯罪とみなす法律があること、市民保護命令を求める法的権利があること、資金の拠出と国によるDV問題の深刻さの認識を規定する連邦法があることから明らかである(注5)。以下にDVに対処し、この問題に関するサービスの提供や介入についての法的枠組みと指針を規定する連邦法の概要を示す。

DVに関連する連邦法

1984年家庭内暴力防止・サービス法

これは米国連邦議会が初めてDV問題に対処した法律であり、DVに対する一般の意識の向上を目指す州政府の取り組みを支援し、DV被害者用の避難所や支援サービスの資金を連邦予算から拠出することを目的としていた。また州政府と非営利組織に、DVおよび児童虐待に関するプログラムの創設と、警察官および地域サービス提供者に訓練および技術支援を提供するための助成金が供与された(注6)

女性に対する暴力防止法(VAWA)

暴力犯罪取り締まり・法執行法、第4章

1994年の連邦議会による「女性に対する暴力防止法」の可決が、DVの広がりと深刻さを連邦政府が認識する転機となった。同法は連邦政府のDVに取り組む決意を示すものであった。「安全市街地法」、「女性のための安全な住居」、「女性の公民権と法廷における女性の平等な裁判」、「暴力を振るわれた移民女性と子どもの保護」という4つの要素で構成され、それぞれDV、性的暴行、ストーキング、ジェンダーに基づく暴力からの保護を扱っている。VAWAの規定は警察および刑事司法機関の対応の改善を求めており、新たな刑法犯罪と一層厳しい罰則を設け、被害者への賠償と、加害者を訴追する間の被害者の保護を図るための制度改革を義務付けている。さらに予防・教育プログラムの拡充、被害者サービス、地域の専門家向けのDVに関する研修、暴力を振るわれた移民女性を本国送還から守るための支援を許可した(注7)

1996年個人責任および就労機会調整法(PRWORA)

ウェルストーン・マレー修正条項

この法律により要扶養児童家族扶助(AFDC)制度に代わり貧困家庭一時扶助制度が導入された。PRWORAのウェルストーン・マレー修正条項には「家庭内暴力に対応する選択肢」と題する規定が含まれており、DV被害者が抱える安全および経済的な問題に対処している。同修正条項により、認知されたDV被害者を特定の期限要件やその他の労働要件から一時的に免除する手続きを法制化する選択肢が各州に与えれている。

参考文献

    1. Ganley, A. L., & Schechter, S. (1996). Domestic violence: A national curriculum for children’s protective services. San Francisco, CA: Family Violence Prevention Fund.

  • Pence, E., & Paymar, M. (1993). Education groups for men who batter: The Duluth model. New York: Springer; Schechter, S. (1982). Women and male violence. The visions and struggle of the battered women’s movement. Boston, MA: Southbend Press; Ganley, A. L., & Schechter, S. (1996).

 

  • Schechter, S. (1982).

 

  • Schechter, S. (2000). New challenges for the battered women’s movement: Building collaboration and improving public policy (オンラインで入手可能) www.vawnet.org/NRCDVPublications/BCSDV/Papers/BCS1_col.pdf (PDF - 40 KB).

 

  • Saathoff, A. J., & Stoffel, E. A. (1999). Community-based domestic violence services. Future of Children, 9(3), 97-110; Family Violence Prevention and Services Act, P.L. 98-457, amended P.L. 103-322, 42 U.S.C. §§ 10401; Violence Against Women Act of 1994, P.L. 103-322, 108 Stat. 1796.

 

  • Family Violence Prevention and Services Act, 42 U.S.C §§ 10402.

 

  • Violence Against Women Act of 1994, P.L.103-322, 108 Stat. 1796.

 

 本稿は児童虐待・育児放棄対策室およびカリバー・アソシエーツのH・リアン・ブラッグ著Child Protection in Families Experiencing Domestic Violence(配偶者からの暴力問題を抱える家庭における子どもの保護)からの引用である。この書籍は米国保健福祉省のChild Welfare Information Gateway(児童福祉情報ゲートウェイ)から入手可能。