ジェイソン・ハイランド米国大使館臨時代理大使

私が日本の文学や文化の美しさと奥深さを理解することができたのは、コロンビア大学のドナルド・キーン名誉教授の著作があればこそです。3年前東京に戻ったとき、教授がいまも現役で活躍されており、日本文学を世界中に理解してもらえるよう尽力されているのを知り、驚くと同時にうれしく思いました。

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カリフォルニア大学バークレー校で初めて日本語を学び始めたとき、キーン教授の本“Anthology of Japanese Literature”を買い求めました。何度も読み込んで汚れてしまいましたが、今も変わらず本棚の特等席を占めています。今ページを開いてみると、数ある詩のうち何編かをハイライトしてあるのですが、これらの詩の何が当時の私の心を動かしたのか想像するしかありません。

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私にとって、キーン教授は日本語、あるいは外国語を学ぶ研究者の神髄です。伝統的なものであれ、大衆的なものであれ、自身を日本の言葉、歴史、文化に完全に埋没させるのです。教授から刺激を受け、日本人でなくても一生懸命勉強すれば、日本文学を原文で理解できるばかりか、文学的な議論にも参加できるようになると考えるようになりました。いつの日か1~2年休みを取って、近代日本文学を深く読み込みたいと今も夢見ています。

キーン教授の素晴らしい回想録“Chronicles of My Life: An American in the Heart of Japan”は、一番のお勧めです。偶然出会った英語版「源氏物語」がその後の人生を変えたという教授の言葉は、私にも共鳴できるものがあります。「当時タイムズスクエアに売れ残った処分本の専門店があり、近くに行くたびに立ち寄りました」。教授はこのように書いています。「ある日、“The Tale of Genji”という本を何冊も見つけました。聞いたことがない作品でしたが、好奇心から1冊手に取ってみました。イラストから日本についての本だろうと思いました。2巻から成るこの本は1冊49セント。買い得と思い購入しました」

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キーン教授は、何十年もの間教壇に立ったコロンビア大学の学生だけでなく、翻訳、エッセー、著書など教授の作品を手にした誰にとっても、熱心な先生であり続けています。コロンビア大学のドナルド・キーン日本文化センターや、株式会社ブルボンが設立したドナルド・キーン・センター柏崎、そしてもちろん教授の素晴らしい研究活動を通して、日本に関する学識を広め続けています。日本について学び始めてすぐ、一度も授業を受けたことがないにもかかわらず、キーン教授は私の師の1人となりました。最近、キーン教授のファンの方たちと共に教授をたたえる夕食会を開催しました。その席で、ついに恩師にお礼を申し上げる機会を持てました。

キーン教授の研究は、日米両国のこれまでの歩みの物語でもあります。アメリカ人と日本人の素晴らしい絆を考えるとき、これまで一度も経験したことのない日本の文化と歴史をアメリカ国民に紹介し、両国の和解に寄与したキーン教授のような学者の方たちの努力をたたえたいと思います。相手に理解されるためには、まず相手を理解しようと努めなければならないと言われます。キーン教授の生涯にわたる献身的な研究により、多くのアメリカ人と世界中の人たちが日本をより深く理解できるようになりました。

人生の偶然で日本語とその文学を発見できたのは「とても幸運でした」と教授は“Chronicles of My Life”で振り返っています。教授がその道を発見したことは、私をはじめ、アメリカ、日本、そして世界中の多くの人たちにとっても、幸運なことでした。