アンジェイ・ズワニエスキー

起業家精神を養い、学生による起業の促進を目的とする教育

シード・フセインは法外な料金の請求に対抗したいという思いから、2007年に自ら事業を始めた。法外な料金とは、彼が大学時代に勉強の個人指導を受けようとした時に請求された1時間60~70ドルの指導料である。

個人指導料を払えなかったというつらい思いがきっかけとなり、フセインはuProdigy社を設立した。同社を通じて、南アジアと米国在住の英語を話す個別指導員120人が、米国の大学生に手ごろな料金で、オンラインの学習支援サービスを提供している。uProdigy社は成功しているだけでなく、フセインが同社のために作成したビジネスプランが、ある大きなビジネスコンテストで賞を受けた。

そのコンテストとは、マサチューセッツ工科大学(MIT)が開催する、優勝賞金10万ドルをかけたビジネスプラン・コンテスト($100K Business Plan Competition)である。米国では、学生や教員の起業家精神を促進する大学が増加しており、このMITのコンテストは、そのための多数の手段のひとつである。このコンテストは、新規ベンチャー事業向けに最も優れたビジネスプランを考案した学生起業家に賞金を授与し、ビジネス関連サービスを提供する。

iRobot社が開発したロボットとヘレン・グライナー。iRobot社は、彼女がMITで起業を支援し、共同で設立した企業 (AP Images)

iRobot社が開発したロボットとヘレン・グライナー。iRobot社は、彼女がMITで起業を支援し、共同で設立した企業 (AP Images)

単なる技術訓練だけではもはや十分ではない、とスタンフォード大学テクノロジー・ベンチャーズ・プログラムのエグゼクティブ・ディレクター、ティナ・シーリグは言う。彼女は、バイオテクノロジーと情報技術の進歩とともに「研究室のアイデアを市場化できる技術者と科学者が必要である」と語った。

起業家育成講座はかつて、ビジネススクールの学生しか受講できなかった。この状況が変化し始めたのは、急速に変化しつつある世界で科学、工学、その他の分野を専攻する学生が成功するには、起業家精神とリーダーとしての能力が必要であると教育関係者が気づいた1990年代からだ。

1970年には、そのような講座はごくわずかしか存在しなかった。2003年の調査によると、2000年代初めまでに、約1600の大学が2200の起業家育成講座を開講し、これらの講座への人気が学生の間で高まった。

エドワード・ロバーツ・MIT起業家センター長は、指導力、交渉力、そして新しいアイデアや製品を推進する力を備えた卒業生の需要の高まりにより、起業家育成に長い伝統を持つMITでさえも変化する必要があった、と語る。ロバーツは、MIT内の学部の壁を越えて、技術的専門知識と経営能力を結びつけるために、1996年に同センターを開設した。

続いて技術革新センターや、MIT内での起業活動を支援するベンチャー・メンタリング・サービスなどの取り組みが始まり、ロバーツが「正のフィードバック(還元)の輪」と呼ぶ構造ができあがった。起業家教育で高い評価を得ているMITには起業家を志す学生が集まり、こうした学生によってMITの評判がさらに高まる。「過去10年間に、MIT関連の新興企業が急速に成長した」とロバーツは語る。

起業家センターによると、MIT関連企業が毎年およそ150社設立されている。MITと、近隣の競争相手ハーバード大学は共に、マサチューセッツ州ケンブリッジ周辺に科学技術を基盤とした企業の密集地域「ルート128」を生み出した功績を認められている。

現在ハーバード大学の大学院生であるシードは、彼と彼の会社はMITとハーバード大学によって育まれた起業家文化の中で成長すると語った。彼は、ビジネスインキュベーター(起業支援組織・制度)やネットワーク作りの機会を利用できることが、特に重要な利点であると考えている。「先週知り合ったばかりの人に電話して、資金提供や人の紹介を依頼したり助言を求めることができる」と彼は言う。

カリフォルニア州シリコンバレーという世界で最も有名なハイテクの中心地をけん引するスタンフォード大学は、1990年代半ばに起業家精神への取り組み方を変化させたもうひとつの大学である。起業家の育成と起業活動のための強固な基盤の構築には、キャンパス横断的・組織的取り組みが必要であることを認識し、「スタンフォード技術ベンチャープログラム」を創設した。同プログラムは、周りのハイテクビジネス環境に存在する知的資源、起業家精神、財源を大いに活用している。シーリグは「わが校の学生は、直ちに起業家コミュニティーとシリコンバレーの(ビジネスの)生態系に取り込まれる」と言う。

スタンフォード技術ベンチャープログラムでは、ネットワーク作りの機会を提供する、あまり堅苦しくない起業家ウィークのイベントと、センターで開催される国際的なイノベーション・トーナメントが開催される。2007年のトーナメントでは、参加者には普通の輪ゴムの独創的な使い方を見つけよという課題が出された。

MITと異なり、スタンフォード大学は、起業家育成プログラムに関連して設立されたベンチャー事業の数は数えていない。シーリグは、卒業生が設立した企業の数はうわべだけの評価尺度だと言う。「私たちのプログラムの卒業生の需要が高いのは、プログラムが起業家的な考え方を重視するからであり、必ずしも起業が重視されているわけではない」と彼女は話す。

しかし、MITとスタンフォードの起業家育成への取り組みは、相違点よりも類似点のほうが多い。「MITやスタンフォード大学などを訪問すると、しばしば大学の研究者と大学周辺にあるハイテク企業との関係が極めて緊密なことに驚かされる」と、2002年に英ガーディアン紙の記者が述べている。「著名な学者が企業の創設者や役員になっている。(中略)彼らが指導する大学院生が企業の研究室で働いている。(中略)研究に関する限り、大学と業界の境界線を引くことは難しい場合が多い」

どちらの大学も起業家精神の教義を世界中に広めた。インドの起業家教育の発展を助けたスタンフォード大学は、これをテーマとする国際円卓会議を北米、南米、ヨーロッパ、アジアで開催している。英国政府とデンマーク政府による同様の取り組みを支援したMITは、世界各地の教育関係者を対象に、起業家育成プログラムを実施している。またMITは、同大学の10万ドルコンテストと同様のコンテストの開催を促進するために、毎年異なる国でワークショップを開催している。

MITセンター、10万ドルコンテスト、およびスタンフォードのプログラムに関する詳しい情報は、それぞれのウェブサイトに掲載されている。スタンフォードのプログラムのウェブサイトの教育関係者コーナーには、著名なビジネスリーダーや金融部門のリーダーをゲストにした多数のミニ講義やポッドキャストが掲載されている。これらの情報や資料は、非営利目的の教育活動には無料で利用できる(詳細な利用規約を確認のこと)。

アンジェイ・ズワニエスキー
米国国務省スタッフライター