「とにかくアメリカに来ちゃいなさい」。現在、アメリカのピクサー・アニメーション・スタジオでアートディレクターとして活躍する堤大介氏は、アメリカ行きを不安に思う日本人の若者にこうアドバイスする。高校卒業後に渡米し、コミュニティー・カレッジを経てニューヨークの美術大学で絵を学んだ経験を踏まえた堤氏の信条、それは「アメリカに来るのに準備は要らない」だ。

“悩む期間がすごく大事”

アメリカに留学した当初のことについて堤氏は、留学ブームに乗って留学自体は気軽に実行したが、大きな悩みに直面したと語った。アメリカに来たのはいいけれど、何をすべきかが全くわからなかったからだ。「僕は(日本の)大学の受験勉強もしてなかったんで、何を勉強したらいいかわからなかったんですよ。だから最初はすごく悩みましたね。18~19(歳)にもなって何をしたいのか全くわからない」。後になって振り返れば、悩む期間がすごく大事であり、18歳の若者が自分の将来について悩むのは当たり前、むしろ悩まなければいけないと思う。しかし当時の日本は、高校を卒業するまでにどんな大学に行って、将来何をするのか、ある程度わかっていることが普通とされた社会だったので、それがわからないことに焦った、と堤氏は言う。

"偶然描いた絵を褒められて進んだ世界”

そんな中、堤氏は絵に目覚める。これも偶然の産物だった。英語を勉強していたコミュニティー・カレッジで、英語のできない学生が単位取得のために履修することのできる数少ないクラスのひとつが絵の授業だったのだ。クラスの半分以上が、生涯学習の一環として絵を勉強している高齢者だった。「クラスの半分以上がおじいちゃん、おばあちゃんで、僕の絵をものすごくほめるんですよね。『君は才能あるね』って。当時は日本って、あまりほめない社会だったんですよね。だから『才能あるね』なんて言われたら、本当に才能あると思ったんですよ。それで調子に乗って、才能あるんだったら美大に行こうかなっていう感じで絵の道に進んだんです」 日本人の弱いところ、それは「コミュニケーション能力」   こうして絵の世界にのめりこみ、スクール・オブ・ビジュアル・アーツに進学した堤氏は、同大学を卒業後、ルーカスアーツ・エンターテインメント、ブルースカイ・スタジオに勤務し、現在はピクサーで「トイ・ストーリー3」のアートディレクターを務めるまでになった。

日本人の弱いところ、それは「コミュニケーション能力」

こうして絵の世界にのめりこみ、スクール・オブ・ビジュアル・アーツに進学した堤氏は、同大学を卒業後、ルーカスアーツ・エンターテインメント、ブルースカイ・スタジオに勤務し、現在はピクサーで「トイ・ストーリー3」のアートディレクターを務めるまでになった。これまで国際的な環境で仕事をしてきた堤氏に、日本がよりグローバルな国になるために必要なことは何かと尋ねると「コミュニケーション力」という答えが返ってきた。

「(日本にはまだ英語コンプレックスがあるが)僕は問題は言語じゃないと思ってるんですね。英語が話せるか話せないかではなくて、コミュニケーションの取り方という点で、日本人はまだ頑張らなくちゃいけないんじゃないかと思うんですよ。英語が話せなくても、相手のことに興味を持って、相手の話を聞く、相手にわかってもらうために工夫してコミュニケーションを取る。そうした会話のキャッチボールというのは、日本語だって同じだと思うんですよね。その基本ができていれば、世界とのコミュニケーションは必ずできると思うんですよ」

そして、ピクサーのエド・キャットマル社長の「失敗から学べることはものすごくたくさんある。だから失敗をしなさい」という言葉を引用して、「失敗してもいい」社会をつくることの重要性を説いた。失敗してもいい社会でないと、自分の力量でできる範囲のことしかしなくなり、自分自身に限界を設定してしまうと堤氏は言う。これはコミュニケーションでも言えることだ。率直に自分の考えを述べ、その上で間違っていれば自分が考えを改めることがコミュニケーションであるにもかかわらず、間違った発言や失敗を恐れて言葉に出さない。コミュニケーション力を向上させるには、まず失敗をすることがどれだけ重要かを理解して、失敗から学ぶことが大切である。これが堤氏の考えである。

“とにかくアメリカに来ちゃいなさい”

では堤氏は、渡米を考えている人たちにどのようなアドバイスをするのだろう。堤氏には、小学生から彼と同年代の大人まで、さまざまな人たちから「アメリカのアニメーション会社で働きたい」とか「ピクサーで働きたい」という相談が寄せられる。そのような人々に堤氏が言う言葉はただひとつ。「とにかくアメリカに来ちゃいなさい」だ。どこで何をするかは、アメリカに来てから考えればいい。自分が思い描いていた結果には至らないかもしれないけれど、そのために努力したプロセスは、将来、決して無駄にはならない。これが堤氏の信念だ。「準備というのは、失敗しないように安全パイをとるため、ということが多い。英語にしても、日本で1年かけて勉強する内容は、アメリカで1週間もあれば習得できるのではないでしょうか。だから準備なんて要らないんです。行動すること。それだけです。

堤さんのインタビューの様子はビデオでもご覧になれます: