ジェイソン・ハイランド 在日米国大使館 首席公使

It had been wet and overcast all autumn, but this particular day a low-pressure front had swept over the country, bringing with it especially high winds and heavy rainfall. As night fell the winds dropped, but the cold rain showed no sign of letting up.

 

Kosuke Okita had arrived back home three minutes earlier and had only paused to loosen his tie before settling back in an armchair and lighting a cigarette. The low-pressure front had brought a touch of winter with it and a chill was in the air. The room had been left empty all day, but it was still only the beginning of October and it shouldn't be this cold.

 

これは、夏樹静子さんのミステリー「訃報は午後二時に届く」の英訳本(The Obituary Arrives at Two O'clock) の冒頭部分です。彼女のサインが入った、この本のページをめくりながら、今更のように彼女の豊かな文才に驚嘆するばかりです。「Wの悲劇」(英語のタイトルは“Murder at Mt. Fuji”)もまた、彼女の最高傑作のひとつでしょう。

夏樹静子さんの直筆サインの入った “The Obituary Arrives at Two O’clock”

夏樹静子さんの直筆サインの入った “The Obituary Arrives at Two O’clock”

私が福岡の米国領事館で首席領事を務めていたときのこと。光栄にも、福岡で暮らしていた夏樹さんと知り合う機会に恵まれました。このサイン入りの本と、ひたむきに小説に向き合う、才能あふれた作家が作り出す魅惑的な世界を知る機会を持てたことは、今でも私の宝物です。今年3月19日にお亡くなりになった夏樹さんのご冥福を、心よりお祈りいたします。

夏樹さんは、物腰の落ち着いた、優雅な女性でした。家族の世話や家事を完璧に、愛情を込めてこなす一方で、日々の生活で時間を見つけては精力的に執筆活動を行い、殺人事件を題材とした緻密なストーリー展開のミステリーや、日本人の生活や人間の感情に鋭く切り込んだ作品で、私たち読者を楽しませてくれました。「訃報は午後二時に届く」を読んでいるとき、終盤まできているのに「犯人」がわからず、もどかしい思いをしたことを思い出します。結末の謎解きは理にかなっているだけでなく、細部一つ一つが完璧にかみあっていました。彼女の文章は最後まで緊張感があり、まさに職人技といえます。

私には作家びいきなところがあります。というのも、私の母、ベティー・ハイランドが作家だったからです。私が子供の頃、母はアートに傾倒していましたが、40代で執筆活動を始めて以降、物書きの仕事に没頭していました。かなり年をとってからですが「書くのをやめられたらいいのに、でもできないのよ」と私に言ったことがあります。母はよく、ダイニングテーブルに座り、大判のノートに手書きで原稿を書き、その後タイプで清書していたものです。夜になると愛猫と一緒にベッドに入り、原稿を校正していたこともありました。私は、家事をこなしながらも、作家業に徹していた彼女を心から尊敬していました。

あの世代の多くの女性たちにとって、自らの情熱を追求することは、かなりの勇気と決断力を要したはずだと考えてみたとき、それを成し遂げた彼女たちに、ただ感服するばかりです。女性として、そして芸術家としての彼女たちの素晴らしい資質に、私たちは敬意を払わなければなりません。緻密なプロットの夏樹作品のように、充実した人生を作り出すさまざまな要素が、最後に完璧な場所におさまるよう願ってやみません。