大木結 在日米国大使館 報道室インターン

2020東京オリンピック・パラリンピックを目標に、多くの選手が努力を続けている。4年に1度の舞台で、最高の結果を出すためだ。柔道家ウルフ・アロン選手もその一人だ。アメリカ人の父親と日本人の母親との間に生まれたウルフ選手は、オリンピックの日本代表有力候補である。今回はそのウルフ選手に、柔道に取り組むモチベーション、アスリートとしての成功の秘訣、そしてオリンピック以降の目標などについてお話を伺った。

きっかけ

日本で生まれ育ったウルフ選手であるが、アメリカというもう一つのバックグラウンドを考えると、アメリカンフットボールや野球などアメリカで人気が高いスポーツを選んでいたかもしれない。しかし、ウルフ選手が選択したのは柔道である。

ウルフ選手が柔道を始めたきっかけは、親戚からの勧めであった。恵まれた体格と生来の運動神経の良さで、幼少時からさまざまスポーツに挑戦してきた。それにも関わらず、他の競技を知れば知るほど柔道の奥深さに気づき、さらに熱中していくこととなる。高校入学後には、柔道一本に絞る決意を固める。最高の柔道家を目指すことを心に決めたのだ。来年に東京オリンピックを控えた現在は、「競技として、そして仕事として柔道をやるからには、オリンピックで優勝するという目標を持たないと、続ける意味がないと思います」と言い切る。

ハンガリーのブダペストで行われた2017年世界柔道選手権大会では、決勝でヴァルラーム・リパルテリアニ(ジョージア)を破り、金メダルを獲得した (© AP Images)

ハンガリーのブダペストで行われた2017年世界柔道選手権大会では、決勝でヴァルラーム・リパルテリアニ(ジョージア)を破り、金メダルを獲得した (© AP Images)

2015年7月、ウルフ選手はグランプリ・ウランバートルでIJFワールド柔道ツアー初優勝を飾った。続く10月のグランプリ・タシュケントでも優勝。2017年ブダペスト世界柔道選手権大会では金メダルを獲得し、柔道界に旋風を巻き起こす。膝のケガから回復した今年の4月には、全日本選手権大会で念願の初優勝を果たした。

柔道の魅力

ウルフ選手は、柔道を「頭を使わないと勝てない競技」と考えている。タイムや点数を競う競技とは別の難しさがある。対戦する相手一人一人に合わせた対策が必要になるのだ。それは一方で、柔道の面白さでもある。「考えれば考えるほど、誰でも上達の余地があります」と、ウルフ選手は話す。今まで積み重ねてきた努力が、試合内容にしっかり出るという実感からもそう捉えている。「自ら考え行動し、自分を変えていくことが強さにつながる競技なのです」

「アメリカン・ビュー」のインタビューで、柔道の魅力を語るウルフ選手

「アメリカン・ビュー」のインタビューで、柔道の魅力を語るウルフ選手

自らを「決してセンスがある方ではない」と話すウルフ選手が考える重要な点は柔軟性だ。柔道は相手がどのように対応してくるかを常に考えなければならない。そして、それに対する反応が瞬時に求められる。相手のことを常に意識している状況下で、どれだけ集中し、自分のペースを保って試合を進められるかが大事なのだ。その柔軟性は、練習だけで得られるものではない。日頃のあらゆるコミュニケーションが重要になる。いわば、柔道を超えた場面でも鍛錬が求められているのだ。

柔道と人格形成

多くの出会いが自分の内面を豊かにしたとウルフ選手は考えている。「日本人なのに『ウルフ・アロン』という名前。それだけで覚えてもらえます」、ウルフ選手は笑って話す。もちろん名前だけではなく、努力によるところが大きい。自身の社交的な性格は、柔道を通じて人と関わる、特に目上の人と話す多くの機会で形成されたと感じている。それは、活動範囲がグローバルになっても変わらない。「英語は苦手です」と謙遜する。だが、海外選手とのコミュニケーションを躊躇することはない。知っている単語、フレーズで会話をする。自分の視野が広がり、より柔軟になるからだ。海外選手からは、相手を敬う姿勢を学んだと話す。「試合で闘争心をむき出しにしても、終わると必ず相手の健闘をたたえます。たとえ自分が敗者でも、心から相手を認めていることが感じられます」。自分も選手以前にそんな人間になりたい、常にそう思っている。

練習の拠点である東海大学湘南キャンパスにて

練習の拠点である東海大学湘南キャンパスにて

オリンピック、そして将来

「まずオリンピックで金メダルを取ることです。結果を残さないと、その先のことは考えられません」とウルフ選手は語る。今までやってきた努力が報われるのはオリンピックしかない、そう感じている。勝負師として最高の舞台だからだ。だが、それだけではない。柔道発祥の地で練習環境が整った日本で柔道を通じて学んだことを、広く世界に伝えていきたいという思いがある。「引退後に柔道から離れるという選択肢はありません」と話すウルフ選手の頭にあるのは、国内外での柔道の普及活動だ。父の母国であるアメリカで柔道を教えたいという夢もある。「コーチングや語学を学ぶために、留学したいという希望もあります」。何よりも、多くの人に柔道の素晴らしさを知ってもらいたい。そして、自分自身が柔道を通じて多くの人とつながり、人間として大きく成長したい、そんな気持ちもある。そのためにも、まずオリンピックに出場したい。そこで、自分の力をすべて出し切りたい。それがオリンピックの位置づけである。今後のウルフ選手のさらなる活躍を期待したい。来年の夏には、きっと最高の輝きを見せてくれるだろう。