宇田川サーシャ、在日米国大使館英語編集者

国際会議などでガラス張りのブースの向こうでヘッドフォンを付けて座り、マイクに向かって流ちょうな外国語をしゃべる人―これが、多くの人が抱いている通訳者のイメージだ。こうしたイメージは、「シャレード」(1963年)のオードリー・ヘップバーンや「ザ・インタープリター」(2005年)のニコール・キッドマンといった女優たちによってつくり出されたのかもしれない。彼女たちはいずれも、ロマンティックで、スリル満点のさまざまな事件に巻き込まれる国連の会議通訳者を演じた。私たちの目にはつきにくいかもしれないが、ささやき声で話すことができるほど世界各国の政府高官の近くに立っている通訳者の姿は、少し陰に隠れてはいるものの、毎日のようにニュース番組で見ることができる。とは言え、すべての通訳者が、こうした国際会議や首脳会談のような極度に緊張を強いられる状況で仕事をしているわけではない。ビジネス会議、医師の診察、裁判、視察など、通訳者の活躍の場は多岐にわたっている。

通訳者は、ある言語を別の言語へ変換することで、現代社会で必要な異文化間コミュニケーションを可能にしている。しかし通訳者という「スペシャリスト」が行っているのは、言葉を操作することだけではない。ひとつの言語から別の言語へ、概念や考えを仲介して伝えている。言語間で情報を正確に伝達するためには、通訳をする対象のテーマを理解していなければならない。さらに、使用する言語をとりまくそれぞれ異なる文化に対する豊かな感性を持っていなければならない。日英通訳は、日本語と英語の言語学的隔たりが大きいため、とりわけ難しい仕事である。通訳者はほぼ直感的にこの隔たりを埋め、単語を逐一置き換えることをせずに話し手が意味する内容を表現する能力を持っていなければならない。

キャンプデービッドで行われたブッシュ・小泉首脳会談で通訳を務めるハーシー氏(写真右端)(写真 White House)

キャンプデービッドで行われたブッシュ・小泉首脳会談で通訳を務めるハーシー氏(写真右端)(写真 White House)

通訳者には、話し手が話す内容を伝える言語上の技術だけでなく、会話を中断させないような状況にふさわしいやり方で言葉の意図を表現する能力もなければならない。フリーの通訳者でサイマル・アカデミー講師、CNNの放送・同時通訳もこなす土谷ふみ氏は、次のように説明する。「ほとんどの場合、情報の正確さとスピーチや会話の自然な流れは同じくらい重要です。多分、第1に求められるのは正確さでしょう。その次が『センス』ですが、正確さと同じくらい重要です。細部にとらわれ過ぎると、通訳や会話は退屈でつまらないものになりかねません(そういう場合は、『通訳自体は完ぺきだったけれど、会合は大失敗だった』と言います)。例えば、表敬訪問、結婚式の披露宴やレセプションの祝辞の場合は、正確に訳そうとするあまり雰囲気を損なうよりも、状況にふさわしい適切な語調で通訳を行うことに細心の注意を払う必要があります。もちろん例外もありますが…。法廷通訳や医療関係の通訳など非常に技術的な問題の場合は、細部がとても重要なので、通訳者は一語一句忠実に訳さなければなりません。このような場合、通訳者には話し手が言ったことを『要約』する自由はありません」

国務省の通訳課で上級外交通訳官を務めるポール・ハーシー氏は、通訳を行う際の思考プロセスについてこう語った。「聞くことです。ただし、今すぐに話し手と同じくらい深く理解する必要のない学生がノートを取っているような聞き方ではないし、通常の代表団のように自分にとって興味のある話題にだけ耳を傾けるような聞き方でも、話し手と同じくらい長い年月をその道の研究に費やしているため、話し手の言わんとするところをすべて理解するために必死で考える必要のない専門家の聞き方でも、あるいは全体像さえ分かればいいので、詳細は無視しても差し支えないといった聞き方でもありません。逐次通訳の場合は、話し手が話し終えてから通訳を行うので、その際に記憶を呼び起こす助けとなるメモを取るための集中力、あるいは(同時通訳の場合は)聞き続けながら訳し始めるのに十分な集中力を維持しながら聞く、という聞き方です。覚えておかなければならないのは、全力を挙げて迅速に処理しないと、明確な訳出はできないということです。そして急いでください。逐次通訳では、通訳が終わるのを会場全体が待ちかねているのです。同時通訳では、話し手のペースに合わせなければいけません」

チリのサンティアゴで開催されたAPECにて(右からパウエル元国務長官、ハーシー氏、ブッシュ前大統領、小泉元首相) (Official White House photo by Erick Draper)

チリのサンティアゴで開催されたAPECにて(右からパウエル元国務長官、ハーシー氏、ブッシュ前大統領、小泉元首相) (Official White House photo by Erick Draper)

時には2つの言語の文化的・言語学的な違いが、円滑なコミュニケーションの障害となることもある。そうした隔たりをどうにか埋めて、会話が自然に運ぶようにするのが通訳者の仕事だ。「全く通訳できなかったのは、話し手が一言、あるいは一文ごとに間を置いて話をした時です。話し手の意図をつかむには文脈が必要ですが、このような話し方ではそれは無理なので、『先を続けてください』と小声でお願いしました」と、ハーシー氏は言った。ユーモアのとらえ方が文化によって違うことも、問題になることがある。「歴史上の人物や俳優など、外国の方が全く知らない名前や場所にまつわるジョークを通訳するほど難しいことはありません」と土谷氏は言う。「通訳にとっては悪夢です。ジョークを解説しようとすれば、台無しになってしまいます。以前に読んだ本に、有名な日露通訳者が、『今のはジョークです。うまく通訳できませんが、とても面白いジョークです。どうぞ笑ってください』と言ったため、ロシア人の聴衆がどっと笑い、その反応に日本人の話し手も大いに満足した、と書かれていました。差し迫った必要に迫られて、私も一度だけこの言い回しを使ったことがありますが(12世紀の地方豪族の姫君についてのジョークでした)、やはりうまく切り抜けることができました」

一般的に翻訳と通訳は基本的に同じような仕事だと思われているが、実際にはこの2つの仕事は大きく異なっている。通訳は話し言葉を扱い、翻訳は書き言葉を扱う。それぞれに違った技術が必要で、ほとんどの場合、人それぞれどちらか一方に適性がある。通訳と翻訳の違いについてハーシー氏はこう言う。「主にスピードの違いですが、媒体の違いもあります。話すか、書くかですが、この2つの作業には大きな違いがあります。両方ともやることは、できるとは思いますが、通訳と翻訳をどちらもうまくこなす素質と能力が1人の人間の中に備わっているとは思えません」

2009年9月23日にニューヨークで行われたオバマ大統領と鳩山首相の初の日米首脳会談で通訳を務めるハーシー氏(写真中央)(Official White House photo by Pete Souza)

2009年9月23日にニューヨークで行われたオバマ大統領と鳩山首相の初の日米首脳会談で通訳を務めるハーシー氏(写真中央)(Official White House photo by Pete Souza)

日英通訳が、困難だがやりがいのある仕事であることは間違いない。だが、言語上の技術のほかに、通訳志望者にはどのような素質が必要なのだろうか。ハーシー氏は、有能な通訳者になるための重要な資質について次のように語った。「分析能力。頭脳の機敏さ。集中力、論理性、そして表現力。幅広い一般教養と新しい分野に素早く順応して知識を吸収する能力。多くの人が、通訳者に求められる厳しい条件を過小評価していて、要は『語学に堪能』かどうかの問題だと思い込んでいます。それが必要な条件であることは認めますが、それだけでは決して十分ではありませんし、今挙げた資質のリストの上位に来るとも思いません。コンピューターに例えると、言語学や文化に関するデータベースは特別優秀でなければなりませんが、そのほかにも、世界の動きについての幅広い知識のデータベースや、議論の具体的なテーマに関する基本的な概念が集まったデータベースがなければ、何の役にも立ちません。それらすべての鍵となるのが、十分高速なクロックスピードとメモリーアクセスを備えたCPU(演算処理ユニット)で、これらのデータベースを活用して情報を処理し、理解しやすい形で出力できるほど強力な論理的アルゴリズムでプログラミングされていなければなりません」。一方、土谷氏は、通訳者にとって最も大切な資質は、「好奇心、集中力、学習意欲、そして話し手の感情を確かにとらえる感性」だ、と言う。

通訳者の訓練は、どこの国で行われるかだけでなく、それぞれの通訳志望者が何を最終目標とするかによっても変わってくる。まず、2つ以上の言語に堪能であることが不可欠である。通常は大学卒業資格が必要だが専攻は問わず、必ずしも外国語を専攻している必要はない。独学で必要な言語学的知識を習得できる通訳志望者の場合には、他分野を専攻した方が有利になることもある。政治学、経済学、法律、工学、生物学などの特定の分野で学んだことで、専門分野を持つために必要とされる貴重な知識や技術を得ることができる。

通訳、あるいは特定の専門分野で修士号を持っている通訳者も数多くいる。通訳者の需要がますます増えているにもかかわらず、通訳の修士課程を設けている大学院は世界中でも数えるほどしかない。例えば、言語と国際政策研究で有名な米国の教育機関であるモントレー国際大学院は、会議通訳の修士号や翻訳・通訳の修士号を取得することができる。同大学院のウェブサイトによると、学生たちは世界各国からカリフォルニア州モントレーまでやって来て、常勤講師を務める経験豊富な通訳者から指導を受け、現場の通訳者と同じ条件で、同じ技術を使って訓練を積んでいる。

ハーシー氏は、パリ第3大学(新ソルボンヌ)の通訳翻訳大学院(ESIT)で通訳を勉強した。そこで受けた訓練は、次のようなものだったそうだ。「ESITのコースでは主に、通訳の演習を行いました。主に次のような指導法を取っていました。何人かの学生と講師がグループになり、その中から1人が事前にスピーチを準備して、特定の分野の専門家になったつもりでスピーチをします。それをグループの別のメンバーが通訳して、ほかのメンバー全員がそれにコメントします。コメントするのがほかの学生の場合には、自分の母語でない方の言語を母語としていることが多いので、母語でない言語での表現を正してもらえます。また講師の場合には、プロとしての経験から、今聞いたスピーチの一節の処理の仕方や、自分が持っている知的能力を一層活用する方法について助言をしてくれます。これが主な内容です。通訳の演習だけです。簡単そうに聞こえるかもしれませんが、学業成績が優秀でも卒業に必要な実務技能を習得できない学生が大勢います。ほかにも、会議で通訳をする場合の準備の仕方、国際問題、通訳理論、経済学、法律などの科目もありました」

来日したゲーツ国防長官と岡田外務大臣との会合で通訳を務めるハーシー氏(写真左からルース駐日米国大使、ゲーツ長官、ハーシー氏)

来日したゲーツ国防長官と岡田外務大臣との会合で通訳を務めるハーシー氏(写真左からルース駐日米国大使、ゲーツ長官、ハーシー氏)

日本や米国には、大学プログラムのほかに、特定の学位や修了証書を授与せずに通訳を養成する民間の語学学校が多数ある。これらのプログラムでは、最新の設備を使用して、経験豊富なプロの通訳者でもある講師から実践的訓練を受けることができる。このような学校は通訳・翻訳サービスを提供する会社が経営することが多いため、養成期間中、あるいは修了後に実習訓練や雇用の機会が与えられることが少なくない。「日本では、ほとんどの通訳者が、有名な通訳エージェントが経営しているか、あるいはエージェントと強いつながりがある通訳学校で訓練を受けています。国際基督教大学や上智大学のように通訳コースのある大学もありますが、その数は限られています。私が教えているサイマル・アカデミーの場合、入学の際には、英語のレベルを見る試験と通訳試験を受けます。試験結果により、受講コースを決定します。クラスは予備科や通訳科、そして最上級の同時通訳科など5つのレベルに分かれています。6カ月コースの終了時に実施される試験に合格しないと、次のレベルに進級することはできません。最も優秀な生徒でさえ、『プロ』の会議通訳者になるには1年から1年半の集中的な訓練が必要です。学校で行われる代表的な訓練にはシャドーイング(聞こえてくる音声をそのまま声に出して言う)、リテンション(記憶保持)、パラフレージング(聞いた内容を自分の言葉で表現する)、ノートテーキング、逐次通訳、サイト・トランスレーション(あらかじめ用意された原稿を見ながら通訳する)、同時通訳(最上級コースのみ)があります」と土谷氏は言う。

日英通訳のキャリアに関心がある人にとって、準備を始めるのに早すぎるということは決してない。NHKグローバルメディアサービスは先ごろ、経験を積んだ通訳者を各地の中高一貫校に派遣して、通訳の仕事に関する講演会を開催するプログラムを始めた。講演会では通訳者が、海外経験なしでどのように通訳者になることができたのかを話したり、語学力を向上させるための助言を行う。また放送通訳や会議通訳での興味深いエピソードを披露したり、通訳を目指した動機を話すそうだ。さらに、通訳入門授業やデモンストレーションのオプショナルプログラムを付けることもできる。自らを米国最大のプロの通訳者・翻訳者の団体と称している米国翻訳者協会(ATA)も、教育支援プログラムをつくり、米国内の学校を訪問して通訳や翻訳のキャリアについて説明することを会員に奨励している。プロの会議通訳者の世界団体である国際会議通訳者協会(AIIC)は、キャリアを選択しようとしている人にとって役立つ情報をオンラインで提供している。

プロの通訳者になるべく1歩を踏み出す前に、この仕事に向いているかどうかを判断するにはどうしたらよいのだろうか。ハーシー氏は、通訳志望者にこう助言した。「まず、先に挙げた、有能な通訳者になるために必要な資質のリストを基に、真剣に自己評価をしてみてください。自己評価の方法としては、友達に新聞記事をじっくり読んでもらい、その記事について短い、3分ほどのスピーチをしてもらいます。できれば自分の専門ではない分野でかなり技術的なもの、あるいは複雑で、何か主張があるものがいいでしょう。ノートを取らずにそれを聞いて、論旨だけでいいので再構成してみます。それができたら、通訳者になる見込みがあると言ってもいいでしょう。それから、通訳者になる準備として、会議の世界で実際に有用な分野を勉強してください。詩や文学ではないでしょう。工学、科学、国際関係、政治学、金融、経済学、法律などではないでしょうか。これらの分野からひとつを選んで、いずれかの目標言語で勉強してください。それが最善の準備になると思います。ほかにも、自分が使うすべての言語で、熱心にラジオやテレビを視聴したり、紙媒体のニュースを読むととても役立つでしょう」

土谷氏からも通訳者になることを検討している人たちに貴重なアドバイスがあった。「英語が堪能だからといって、一夜にして通訳者になれるわけではありません。通訳学校に入学してから、通訳者になるまでに1年から2年もかかると聞いてショックを受ける生徒はとても多いです。会議通訳者は、専門用語や業界用語だけでなくもっと広い概念も含め、あらゆることを学ばなければなりません。どうぞ通訳者になるまでの過程を楽しんでください。思っていたより長くかかるかもしれませんが、時間をかけ、努力する価値はあります」

宇田川サーシャは在日米国大使館報道室英語編集者。1991年に来日、1997年より和英翻訳者として働く。2009年4月より在日米国大使館報道室に勤務。