宇田川サーシャ

「初めて日本を訪れたとき、直感的にピンとくるものがありました。それが何だったのか、今も分かりません。日本の自然の美しさに引かれたのは確かですが、同時に日本人と日本社会への敬意と賞賛する気持ちもありました」。このように語るのは、ロサンゼルス在住の写真家ギル・ガルセッティ氏。彼は2015年11月、自身の最新の写真集“Japan: A Reverence for Beauty”(日本―美しきものへの崇敬)の宣伝活動で日本を訪れました。この本でガルセッティ氏は、写真とエッセーを通じ、彼が感じる日本文化の特質、すなわち生活のあらゆる面で美しいものをたたえ、求める日本人の特性を追究しています。

ガルセッティ夫妻が初めて日本を訪れたのは1967年のこと。以来再訪を重ねています。アメリカン・ビューとのインタビューでガルセッティ氏は「当時携わっていた5年間のプロジェクトの関係で、たびたび日本を訪れました。これをきっかけに、日本をもっと深く知りたいと思うようになり、できるだけ多くの文献を調べ、講義を聞き、人々に会って日本のことを率直に話してもらいました」と語っています。「これまで素晴らしい経験をし、非常に興味深い人たちに会ってきました」

インタビューを受けるガルセッティ氏

インタビューを受けるガルセッティ氏

ガルセッティ氏は長年写真を撮ってきましたが、常にプロの写真家だったわけではありません。写真家になる前は、ロサンゼルス郡検察局で検察官として32年間勤務しました。そのうち8年間は検察局長、その前の4年間は次席検事を務めました。検察局長として扱った重大事件には殺人容疑で起訴されたO・J・シンプソンの裁判があり、ロサンゼルス暴動後の対応にも当たりました。

「2000年12月に退職したとき、自分の人生はこの先、優に30年も残っているので何か新しいことをやってみようと思いました」とガルセッティ氏は語っています。「何をするか自分にもはっきり分かりませんでしたが、きっかけはウォルト・ディズニー・コンサートホールの作業現場で鉄骨を組み立てる職人でした。職人たちはホールの建設作業をしており、私は彼らの写真を撮り始めました。そして彼らに勧められ、ついには写真集を出すことに決めました。予想に反して、ロサンゼルス・タイムズ紙などが写真家としての私を気に入ってくれました」。ガルセッティ氏が撮影した建設現場で働く職人たちの写真を収録した“Iron: Erecting the Walt Disney Concert Hall”というタイトルの写真集は、2002年に出版されました。またこれらの写真は、2004年にワシントンの国立建物博物館でも展示されました。

写真家としてのガルセッティ氏は、単に美しい写真を撮ることだけにとらわれていません。彼の写真はもちろん驚くほど美しいのですが、彼は撮影に当たり写真にさらに深い意味を込めています。検察官を退官した後、ガルセッティ氏は数冊の写真集を出版し、世界各地を旅して少しずつ得たさまざまな考え方を伝えようと努めました。法律家としての彼だったら、おそらく確固たる事実と法律論を駆使して論点を伝えようとしたでしょう。しかし今の彼は写真の力を借りて自分の主張を伝えます。

© Gil Garcetti

© Gil Garcetti

「日本―美しきものへの崇敬」には、ガルセッティ氏が伝えたい明確なメッセージが込められていますが、隠されていると言ってもいいほどで、その意味はまるで写真のどこかに閉じ込められているようです。この写真集の表紙に使われている写真は、この世のものと思えない様相を漂わせています。木から落ちゆくように見える一枚の葉を写し出していますが、この写真の葉は止まっていて動きを感じさせません。「ある時、洪隠山西芳寺の素晴らしい庭園で、5人の日本人の若者たちが、紅色に染まった小さな楓の葉が中空に浮かんでいる様子を、微笑みながら見つめている光景に出会った」。ガルセッティ氏は写真集の中でこう説明しています。「私が近づくと微笑みながら場所を空けてくれた。そして私たちはこの不可思議な状況を、黙って一緒に見守っていた。やがてその楓の葉を中空で支えている蜘蛛の糸を一筋の太陽の光が捉え、我々は皆、互いに微笑みあい、なるほどとうなずき合った」。若者たちが宙に浮く葉のミステリーを根気よく解き明かす姿にガルセッティ氏は心を打たれ、シンプルながらとても美しいものに魅力を感じる彼らの気持ちを自分も共有していることに気づきました。

© Gil Garcetti

© Gil Garcetti

別の写真では、年配の女性が何枚もの色鮮やかな紅葉を手に持ち、カメラに向かって満面の笑みを浮かべています。「私が彼女に引きつけられたのは、この女性の中に美しさを感じたからですが、それだけでなく彼女の顔が光を放たんばかりに輝いていたからです」とガルセッティ氏は語った。「まるで『生きていて良かった、この美しい場所で秋を満喫できて良かった』とでも言っているようでした」。これこそ、彼が写真に捉えたいと願っている日本人の「美しきものへの崇敬」であり、それは彼が写した紅葉や桜を楽しむ人々の写真だけではなく、日本の日常生活やストリートファッションの写真にも如実に現れています。

Fashionable women in Japan

© Gil Garcetti

この写真集に掲載されている多くの写真は、息をのむような日本の庭園や建築物を写し出していますから、当然のことながら、鑑賞する側は撮影された場所を知りたくなります。しかし写真を説明するキャプションや巻末の注釈はありません。このため見る側はじっくりと写真を鑑賞し、写真そのものとそれが伝えようとする意味を考えることを余儀なくされます。「写真がどこで撮られたのか、あえて分からないようにしています」とガルセッティ氏は言います。「私の写真集はそれ自体が1つのプロジェクトです。ただの本ではありません。名刺代わりです。写真を見た人たちが私を招き、写真について話す機会を与えてくれることを期待しているからです。そうすれば写真について説明し、なぜこれらの写真が私の疑問にわずかでも答えてくれるのかをお話しすることができます。その疑問とは、日常生活の中で美に敬意を払い、美しいものを必要とする点において、日本人は世界の中でなぜこれほどまでに独特なのか、というものです。あるいは、私たちが国民として、あるいは国として少しでも向上するために、長い歴史を持つ日本の文化と日本の人々から何を学ぶことができるのか?これは究極の質問です。私たちは日本の人々から何を学ぶことができるのでしょうか?」

Dried persimmons

© Gil Garcetti

ガルセッティ氏が日本を理解していることを知った日本政府は、ロサンゼルス市に設置される「ジャパン・ハウス」に関し助言する委員会に彼を招請しました。「ジャパン・ハウス」では、日本の最先端テクノロジーのほか、和食など人気の伝統文化が紹介される予定です。検察官転じて写真家となったガルセッティ氏は、委員に任命されたことを大変な名誉と受け止め、この素晴らしいプロジェクトに参加できることに胸躍らせています。

日本独特の「美しきものへの崇敬」をガルセッティ氏が理解できるのは、間違いなく、彼が世界各地を旅して出会った社会のあらゆる分野の人々と交流した経験があればこそです。美に対する他の国々の人たちの反応を見ることがなければ、日本がこの点で他の国とは少し異なるという結論に達することはなかったかもしれません。ガルセッティ氏が初めて米国外に出たのは、奨学金を得てイギリスのケンブリッジ大学に1学期間留学したときでした。「驚くような経験でした」と彼は言います。「その日以来私は、他の国の人たちとその文化に接することが大切だと気付きました。若い時に異なる文化に触れその人たちと知り合うことほど豊かな経験はありません」

Sascha Udagawa 宇田川サーシャ。在日米国大使館ライター・英語編集者。カリフォルニア大学サンディエゴ校卒業(ビジュアルアート専攻)。日本文化に興味を持ち、1991年に英語教師として来日。在日米国大使館に勤務する前には、長年にわたり和英翻訳者として働く。