吉田律希 在日米国大使館 報道室インターン

2005年、大学を卒業したばかりの野々村健一さんは、20世紀の日本の経済成長をけん引した要因を知るという個人的な目標を持って、トヨタ自動車に入社しました。海外営業部に配属され、中米担当のカントリーマネジャーとして担当地域での業績を約30年ぶりに黒字転換させることに貢献した後、本社の商品企画部に異動し、ヨーロッパ向けの次世代自動車のプロダクトマネジャーを務めました。入社から5年、野々村さんは人生の次のステップを踏み出す用意ができていました。

アメリカン・ビューのインタビューに答えるIDEO Tokyo ディレクター、野々村健一さん

「一歩下がって自分の人生を俯瞰し、幅広い視野を持つことは、本当に価値あることでした。俯瞰することで自分なりの物の見方が生まれ、それが人生の指針となります」。野々村さんはこう言います。

その後、野々村さんはハーバード・ビジネススクールに私費留学し、それが結果的に、IDEO Tokyoのビジネス・デザイン/ディベロップメント担当ディレクターという現在の仕事に至る第一歩となりました。カリフォルニアに本社を置くIDEOは、グローバルに展開する先進的なデザイン・コンサルティング会社で、アップルの初代マウスをデザインし、「デザイン思考」というアプローチを生み出したことで有名です。ハーバード留学から何を得て、彼の世界観がどのように変わったのか、表参道にあるIDEO Tokyoのオフィスでお話を伺いました。

東京・表参道にあるIDEO Tokyoのオフィス

「後々まで自分の中に残るのは、実際の経験」

「私はずっとアメリカのビジネススクールに関心がありました。アメリカのビジネススクールには、世界中から非常に多くの才能ある人々を引き付ける魅力があります」

野々村さんは初めてハーバードを訪れたとき、授業が学生それぞれの個人的な経験に基づくディスカッションを中心に進められていることに気付きました。教室は、人生で最もデリケートなことまで自由に話せる神聖な場所のように扱われていました。「みんな感情的になり、泣いている人もいました」と野々村さんは言います。「ビジネスをそのような形で考えたことはなかったので、ハーバードに留学したいという気持ちになりました」

加えて、野々村さんは次のように説明してくれました。「クラスメートとの交流や環境は、教育機関が提供する貴重な資源です。自分の中に後々まで残るのは実際の経験です。教科書で読んだ内容は忘れてしまいますが、授業で心を強く動かされた瞬間や言葉は忘れられません。それがハーバード・ビジネススクールに留学しようと決めた理由です」

ハーバード・ビジネススクールの卒業式にて。左から2人目が野々村さん

「リスクへの許容度を高めてくれる教育」

 ハーバード大学は、アメリカのみならず、世界で最も多くの一流大学が集まっている町、ボストンにあります。そのため、どこに行っても他の学生たちと交流できる環境にあります。日本人の学生は毎週、ハーバード大学で教えるエズラ・ボーゲル社会科学名誉教授の自宅に集まり、日本の将来について話し合ったものです。「画期的な著書『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で有名なボーゲル教授が、ディスカッションを通じて教育・指導してくれるのです。決して他では経験できないことだったと思います」と野々村さんは言います。

野々村さんは、ハーバードでの経験に関する象徴的なエピソードを2つ紹介してくれました。業務管理の授業で教授が突然、野々村さんにこう尋ねたことがありました。「ケン、以前トヨタに務めていたそうだね。車の製造にどのくらい時間がかかるか教えてくれないか」。ハーバードの教授たちは、学生一人ひとりの経歴を把握しているようでした。

「授業に貢献できることで、違う意識が生まれます。ときには、全く異なる経歴を持つ人たちに囲まれる状況に身を置いて初めて、自分がどのような貢献ができるかわかる場合もあります。ハーバード・ビジネススクールはそういう環境を提供してくれました。ただ学ぶだけではなく、他の学生に教える役割も果たすのだという別の使命感を感じます」と野々村さんは説明してくれました。

2つ目のエピソードは、特定の国々のケーススタディーを行うマクロ経済学の授業でのことです。日本に関する事例が2つありました。1つは日本の戦後の経済成長に焦点を当てたもので、もう1つは日本経済の衰退についてでした。「最初のケースでは、教授は私に発言を求めませんでしたが、2つ目は違いました。授業が終わりに近づき残り15分になったとき、教授が『ケン、ここからは君が話してくれ』と言いました。90人を前にして、日本の現状とそれについての私の考えを、15分間話さなければならなくなったのです」

自分たちの世代には、模範を示し、日本の次世代リーダーになる責任がある。このことについてどのように感じているか、野々村さんはクラスメートに話しました。本当に日本を変えたいと願っているからこそ、ハーバード・ビジネススクールに留学したのだと説明したのです。「ちょっと言い過ぎたかなと思いました」と野々村さんは回想します。「ところが、教室にいた全員が突然スタンディング・オベーションをしてくれたのです。私にとって、人生を変える瞬間でした。『そうか、日本を変えたいって言ってもいいんだ』と思いました。そのようなことを受け入れてくれる文化と環境は本当に大切で、大望を果たすために頑張ろうという気持ちになります」

野々村さんはハーバードで学んだことで、学校というもののあるべき姿を考えるようになったと言います。「学校は学生がリスクを恐れず、リスクへの許容度を高めることができる場であるべきです。これを実践するハーバード・ビジネススクールの教育のおかげで、私たち学生はリスクをとることができました」と野々村さんは言います。

ハーバード・ビジネススクールに在学中、野々村さんは、同スクール初の日本を直接体験するプログラムでクラスメートと共に来日し、日本企業との協力の下、東日本大震災の被災地の復興支援でリーダーシップを発揮しました

日本の若者へのアドバイス

アメリカ留学を考えている日本の若者へのアドバイスを尋ねると、野々村さんはこのように答えました。「アメリカに行って、直接自分の目で見て決めることです」。野々村さんの場合は、ハーバードの授業スタイルに魅力を感じ、明確な意思を持ってハーバードに入学するという決心をしましたが、同校のスタイルが誰にでも合うわけではないと言います。「自分に合う学校を選ぶことです。実際に行ってみなければ、自分に合うかわかりません」

また、自分自身にブレーキをかけているのであれば、それはやめるようにというアドバイスもありました。野々村さんは、人には何かをしない理由についてあれこれ考える傾向があると言います。例えば、アメリカ留学を望む日本人学生にとって、経済的な問題が障害となるように見えるかもしれません。しかし野々村さんによると、一般的には、いったん合格になれば、大学はその学生が入学できるようできる限りの支援(奨学金プログラムのあっせんなど)をしてくれます。野々村さんは、何かをしない理由ではなく、すべき理由を考えるようにと助言しました。

「自信がなければ、卒業生に相談しにきてください。実際に経験した人たちに(留学して)良かった点、悪かった点を聞き、自分自身で選択するのです。経験したことがない人たちが『やめた方がいい』と言っても、それを諦める理由にはしないでくださいね」