ページ・ウィリアムズ アメリカ大使館 広報・文化交流部

弁護士のシャロン・ローエン氏は、法曹界の男女差別に鋭く切り込んだドキュメンタリー作品「バランシング・ザ・スケールズ(法の世界の男女平等)」を手掛けた映画監督でもあります。多くの女性弁護士や裁判官への20年にわたる取材をもとに、法科大学院への入学率で男女差がないにもかかわらず、法の世界では女性幹部の割合が低い理由を問いかけています。女性たちの話は、故ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判所判事が1950年代のハーバード法科大学院は女性用トイレが少なかったと語るエピソードから、家庭と法律事務所のエクイティ・パートナーの選択に悩む現在の女性弁護士の話まで、5世代にわたる女性のさまざまな視点を反映しています。

在日アメリカ大使館、そして大阪と那覇の総領事館は、弁護士、経営者、大学教授、学生を招いた上映会を実施、日本各地で男女平等に関する議論が法曹界を超えて巻き起こりました。アメリカン・ビューは上映会後、ローエン氏にインタビューを行い、映画を撮ることになったきっかけ、作品が訴える無意識の偏見、ワークライフバランス、そして「全てを手に入れる」プレッシャーについて話を聞きました。

左:アメリカ法曹協会主催「法曹界に女性を維持するためのサミット」で講演を行うシャロン・ローエン。ハーバード法科大学院にて 右:映画「バランシング・ザ・スケールズ」の宣伝ポスター

左:アメリカ法曹協会主催「法曹界に女性を維持するためのサミット」で講演を行うシャロン・ローエン。ハーバード法科大学院にて 右:映画「バランシング・ザ・スケールズ」の宣伝ポスター

アメリカン・ビュー:この作品を作ろうと思ったきっかけは何ですか?

シャロン・ローエン:私が弁護士になった1979年当時、女性は大手弁護士事務所に面接してもらえませんでした。ある裁判官から女性は弁護士を目指すべきではないと言われたこともあります。女性解放運動が1970年代から1980年代にかけ前進する中、私は自分が尊敬する女性への取材を始めました。1994年に娘が生まれると、彼女が生きやすい世の中になることを望みました。90年代になると男女平等が定着したかのように見えました。法科大学院で勉強する学生の半数が女性ということは、(法律事務所の)エクイティ・パートナーにつく女性の割合も当然半数だと思いますよね。ところが女性への取材を続けていくにつれ、実態はそうではないことがわかりました。これが法曹界の上層部で起きている不平等を映画で取り上げるきっかけとなりました。

アメリカン・ビュー:異なる世代の女性を取材してきた中を振り返ると、今と昔ではどのように変化したと思いますか?

ローエン:もちろん状況は大きく改善しています。1930年代に弁護士だった女性は、取材で驚くような露骨な差別を語ってくれましたが、当時そのような差別は表面化していませんでした。(女性を取り巻く環境は)2歩前進して、1歩後退するようなものです。今日の法曹界で女性が出世を目指すのは容易なことではありません。アソシエイツ弁護士として採用される女性を心配しているのではありません。企業は男性と同数の女性を採用しています。問題は、女性をいかにして幹部職に送り込むか、そしてなぜ女性が離職しているかです。

アメリカン・ビュー:女性はなぜ離職していると思いますか?このことを「水漏れする水道管」に例えていますよね。

ローエン:それが現実です。偏見、さまざまな批評、昇進機会の不足、不平等賃金などに耐えなければならない。このような状況が毎日、そして何年も続き、家に帰れば家事をこなす。このようなことに来る日も来る日も耐えられる人はいますか? 本当に疲弊してしまいます。これが女性の離職理由です。

ローエンは家族の支えと励ましでこの映画を完成させることができた

ローエンは家族の支えと励ましでこの映画を完成させることができた

アメリカン・ビュー:差別が露骨なものから巧妙なものへ変わっていると指摘していますが、無意識の偏見がどのような形で出世を目指す女性を阻んでいると思いますか?

ローエン:一例をあげましょう。超大手法律事務所で上映会を開催するとします。そうすると、上映会後のトークショーで事務所の執行パートナーが私のところにやってきて、こう言うでしょう。「素晴らしいプレゼンをありがとう。でも私たちは大丈夫です」と。例外なくこう言うはずです。彼が上司と一緒に部屋を後にすると、今度は若い女性社員が私のところにやってきて、このように言います。「大丈夫なんかではありません。このようなことは日常茶飯事です。職場では好き勝手なことを言われ、本来評価されるべきことが評価されません。管理職は私たちを出世させず、重要な仕事も任されません。指導もせず、パートナーを選ぶ決定権を持つ上層部が私たちの仕事を知ることもありません」と。もう一つ興味深いと感じたことは、無意識の偏見が存在すると感じると、人は研修さえすれば克服できると考えることです。それ以上深く調べてみようとはしません。例えば、昇進担当の管理職が昨年女性を1人も昇進させなかったら、何らかの罰則を科せられるべきです。しかし、そのようなことは決して起きないのが実態です。問題解決への道のりはまだ遠いのが現状です。

アメリカン・ビュー:法律事務所でパートナー職を得た女性の中には、今ある制度内に留まり、現状を変えることに積極的でない人もいます。制度を変えていくために女性パートナーができることは何でしょうか?

ローエン:女性登用のために声を上げる必要があります。調査によると、管理職に占める女性の割合が3分の1に満たない場合、「彼女は成功したけど、それは本当に特例。形式的なものにすぎない」というような声が出てきます。だからこそ、男性も女性も含めた職場全体で声を上げていく必要があります。そして認識を広めていくことも重要です。例えば、女性が何か意見を言ったときには無反応で、一方で男性が同じ意見を言った時には、突如好意的な反応が出てきたとしましょう。その場合は職場全体が、「その意見は5分前に女性が言ったこと。彼女が評価されるべき」という声を上げれば、認識を広めることができます。

アメリカン・ビュー:男女平等の推進で男性はどんな役割を果たすことができますか?

ローエン:男性は(役割を果たす)責任がありますが、どうサポートしていいのかわからない場合がほとんどです。今では男性のための研修プログラムもあります。「私には関係ないので、女性たちで対応すべき」といった態度をとることは許されません。性差別に遭遇した場合、男性も何らかの対応を取ることができることを知っておく必要があります。

女性の地位向上と役割拡大を目指す団体「ラオス女性ユニオン」で講演するローエン

女性の地位向上と役割拡大を目指す団体「ラオス女性ユニオン」で講演するローエン

アメリカン・ビュー:映画の中で、アメリカはワークライフバランスの後進国と指摘されていますが、この問題に関して政府が法整備を通じてできることはありますか?

ローエン:もちろんです。例えば育児補助金制度など、政府しかできない規制や政策があります。どうして他の先進国で実施されている仕組みがアメリカにはないのでしょうか?ニューヨーク市で働き、子どもを2人保育園に預ける場合、給料のほぼ全額が保育料に消えていきます。驚きますよね。努力すれば達成できるというアメリカの一般的な考え方は、昔はその通りだったかもしれませんが、今は違います。支援を必要としている人もいます。男女平等をはっきりと定義する法整備が必要です。

アメリカン・ビュー:法律事務所は弁護士に対して高い報酬料を取るよう圧力をかけます。いまだに保守的な職種である法律事務所に対して、多様性と職場の柔軟性は良いことであり、長期的には収益にマイナスの影響を与えないと納得させるにはどうしたらいいのでしょうか?

ローエン:上層部に多様性がある職場は業績が良くなることを多くの調査が示しています。女性や有色人種の女性を取締役会に登用する企業や法律事務所は、異なる視点を役員会に持ち込むことで顧客層が広がり、業績も伸びていきます。法律事務所の上層部は、異なるアプローチがあること、そして男性が夜10時まで残業するような男性中心の職場である必要はないということを理解する必要があります。少なくともアメリカの若い世代の考え方は違います。長時間労働は好まれません。企業は優秀な人材を獲得できなくなると理解しなければなりません。時代錯誤の制度がその理由です。

在日アメリカ大使館主催のバーチャルブログラムで、立命館大学の学生にレクチャーを行うローエン

在日アメリカ大使館主催のバーチャルブログラムで、立命館大学の学生にレクチャーを行うローエン

アメリカン・ビュー:映画の中で多くの女性が家庭と仕事の選択について話をしていました。エクイティ・パートナーになること、そして同時に家庭を持つことを望む法科学生や法律事務所の若いアソシエイツ弁護士へアドバイスはありますか?

ローエン:両立ができる企業を選ぶこと。自分で調べること。法科学生は育児休暇制度が充実している企業を探す必要があります。そうすれば育児のためしばらく休んだ後でも、職場復帰しエクイティ・パートナーへの昇進コースに留まることができるからです。若い女性アソシエイツは、彼女たちを信頼してくれて、昇進を後押ししてくれる指導者を見つけることが大切です。手を差し伸べてくれる上司、そしてあなたのために意見を言ってくれる同僚といった仲間が必要です。私が声を大にして伝えたいことは、自分らしくあること。来る日も来る日も本来の自分でない何者かになりすますことは無理です。

アメリカン・ビュー:雇用の平等に関して、ルース・ベイダー・ギンズバーグ最高裁判事はかつてこう言いました。「理想の地にまだ到達していない」と。もしそこに到達できる、あるいは近づいているとするならば、理想の地とはどのような場所だと思いますか?

ローエン:雇用において性別や人種を考えなくてもよい社会がそのような場所だと思います。女性を肌の色ではなく人間として見るような社会です。子どもたちは肌の色を見たりしません。雇用でもそうなれば、そこが理想の地になると思います。

バナーイメージ:ベトナム・ハノイのアメリカ大使館はローエンを招き、ハノイ大学の学生を対象に映画上映イベントを開催した