米国国務省は毎年、人権、男女平等、社会発展の推進で類まれな勇気と指導力を発揮した女性を世界各地から選出し、その活動をたたえて「国際勇気ある女性賞」を授与している。過去の受賞者には、テロリストが支配するアフリカの国マリで、女性が健康に過ごす権利を求めて女性への暴力と闘った女性や、法執行官になると決意したために殺害の脅迫や身体的虐待を受けたにもかかわらずキャリアを追求し、麻薬取り締まりに尽力したアフガニスタンの女性警察官などがいる。

この賞を今年、日本人として初めて小酒部さやかさんが受賞した。マタニティー・ハラスメント(マタハラ)の撲滅活動がその受賞理由だ。

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マタニティー・ハラスメントとは、働く女性が妊娠・出産を理由に職場で精神的・肉体的嫌がらせを受けたり、解雇や自主退職の強要、契約更新の拒否など不利益を被ることである。自らも妊娠中に職場でマタハラを受けた小酒部さんは、その経験をもとに同じような問題に直面する女性を支援する団体「マタハラNet」を設立し、職場でのマタハラに対処するための情報を提供するほか、マタハラに対する意識の向上、法令順守・長時間労働の見直し・社会の多様化の推進などの活動を行っている。

今回の受賞について小酒部さんは、日本国内の多くのメディアで受賞が報道されたことはマタハラに対する意識啓発の面でプラスであり、これを日本が変化するきっかけにしたいと語った。また授賞式のために渡米したときの印象を「他の受賞者たちは途上国の方々で、命の危険も顧みず活動している。彼女たちから勇気をもらい、もっとがんばらなければと思った」と述べている。

一方、在日米国大使館のマルゴ・キャリントン広報・文化交流担当公使は家庭を持つ外交官として、仕事と家庭の両立に腐心してきた。女性の活躍推進を自らの長年の研究テーマとしており、2010年にはアメリカン・ビューでアメリカの家庭の変遷という記事を執筆した。2010年から1年間、民間企業や米軍を含む政府機関における女性の活躍推進の取り組みを調査・研究し、その最良事例を手本に国務省が取り入れるべき施策について2011年に論文を発表している。

共に女性が働きやすい職場環境の実現を目指している小酒部さんとキャリントン公使が、マタハラやワークライフ・バランスの問題を解決する方法について意見交換した。

Margot Carrington and Sayaka Osakabe

「ファーストペンギンになろう」

キャリントン(以下“C”):「国際勇気ある女性賞」受賞おめでとうございます。マタハラの問題について声を上げるには勇気が必要だったと思いますが、このタイミングで活動を始めたのはなぜですか。

小酒部(以下“O”):一番大きいのは昨年(2014年)、安倍首相が「女性が輝く社会」を政策の柱に掲げたことで、これにより女性が働き続けることの必要性が日本で認識され始めたからです。マタハラは古くて新しい問題で昔から存在しますが、今ようやく女性が声を上げられるようになったのです。

C安倍政権の取り組みにより、日本でこの問題への関心が高まってきていることは歓迎すべきです。一方で、女性が結婚や出産を機に仕事を辞めなければならない状況は今も続いているそうですが、アメリカと比べてどのように違うと思いますか。

O大きな違いは、アメリカでは女性が働く権利が確立されているという点です。日本ではまだ「女性の問題は人権問題」という考え方が確立されていないので、こうした考えを日本でもっと広げるべきです。また日本では市民運動が発達していないので、市民運動の拡大にも貢献したいと思いました。

Cアメリカが前進できたのは、最初に道を切り開き、団結して問題に取り組んだ女性たち、いわゆる「ファーストペンギン」(注)がいたからです。小酒部さんは日本の「ファーストペンギン」ですが、アメリカの女性団体のメンバーと会って今後の活動のヒントとなるような話を聞く機会はありましたか。

Oアメリカでは同じような目標を掲げる団体は連携して活動すると伺い、マタハラNetの取り組みにも連携が必要だと感じました。女性問題の解決のカギは男性なので、男性の育児参加やワークライフ・バランスを推進する団体とは特に協力しなければならないと思います。男性のサポートがあって初めて女性の権利が確立され、地位が向上するとあらためて思いました。これから私たちが少数派ではなく主流派になるためにも、活動の目的が近い団体と協力する必要があります。

(注)ファーストペンギン:群れの中で海の中で待ち受ける危険も顧みず、餌をとるために最初に海に飛び込むペンギンのこと。ファーストペンギンのおかげで他のペンギンも飛び込み、餌を得ることができる。転じて、まだ誰もしていないことにリスクを冒して最初に取り組む人のことを指す。

働きやすい職場環境は企業の経済的優位性につながる

C女性の地位向上には政府、雇用者、労働者といった異なるレベルでの取り組みが必要です。アメリカの政府レベルの取り組みで関心を持ったこと、あるいは日本でも応用できそうなものはありますか。

O政府の取り組みではないかもしれませんが、アメリカは裁判文化が確立されていると感じました。裁判に対するハードルが低いうえ、労働者と雇用者の間に入って仲裁してくれる団体が大きな役割を果たしており、そういう団体が日本にも必要だと思いました。また日本ではハラスメントの被害者に支払われる解決金も低く、不当解雇をしても会社に科される罰則がありません。その点を改善する必要があります。

C私は2010年から1年間、アメリカでワークライフ・バランスを推進する企業・組織について研究しました。研究には「ワーキングマザー」という団体がさまざまな基準に基づいて作成した企業ランキングを用いたのですが、その基準のひとつが「女性にとって働きやすい企業か」というものでした。ランキングで上位入りした企業は求職者の間で人気が出るので、企業の経済的優位性につながります。このような現象は日本でも見られますか。

O日本には個々の従業員の違いを尊重して受け入れ、積極的に活用する「ダイバーシティー」(多様性)が進んでいない企業が多く、進んでいる企業と進んでいない企業の差が大きいことが問題です。ダイバーシティーが進んでいる企業の社長によると、多様な働き方を奨励しているのは社員にとって働きやすい環境をつくるためであることはもちろんだが、経営戦略の一環でもあるそうです。なぜならこうした環境をつくると優れた人材が集まり、離職率も低くなるからです。

CマタハラNetでは、マタハラに対する意識啓発を目的にさまざまなデータを集めたそうですが、それについて教えていただけますか。

O3月30日に、日本で初めてマタハラに関するデータを集めた「マタハラ白書」を発表しました。注目すべきデータとして、マタハラの有無は企業規模を問わないことが挙げられます。ハラスメントが報告された企業のうち19%が上場企業です。ある4年生の女子大学生から聞いた話ですが、ある大手企業の内定式で役員が「女性の皆さん、妊娠しないでください」という発言をしたそうです。この事例からもわかるように、マタハラが起きる企業になるか、ダイバーシティーが進む企業になるかは、経営者の考え方次第です。

もう1つ注目すべきデータとして、同僚からマタハラを受けたケースを見ると、女性の同僚からの方が男性の同僚からよりも多く、およそ2倍となっています。マタハラでは職場での上下関係や性別を問わず、誰もが加害者になる可能性があり、本来これを防ぐべき人事部門によるマタハラも発生しています。法令順守の意識がまだ低いので、こうした意識を企業に広めるのが第一歩と思っています。

C組織への啓発活動として研修を行う予定はありますか。

O企業研修を進めていきたいと思っています。マタハラNetの強みはマタハラの被害者と事例が集まっていることです。NGワード・事例集を用意して企業に研修を行い、どういう言葉に女性が傷つくのかを知ってもらいたいと思っています。日本で妊娠や子育てに対する理解が進まないのは、高度経済成長時にできた性別役割分業意識が根強いためで、「子どものことを考えて仕事を辞めたら?」など悪意のない無意識のハラスメントもみられます。結局はコミュニケーションの問題で、日ごろからコミュニケーションをとっていたらハラスメントの問題はないでしょう。学校教育を通じて幼いころから教育をしていく必要もあると思います。

「今は過渡期。辞めないで働き続けて」

C小酒部さんから若い女性に何か激励のメッセージはありますか。

Oマタハラの問題がやっと認知されるようになり、今は30歳代の女性にとって過渡期にありますが、できれば辞めないで働き続けてほしいと思います。日本はこれから、長時間労働を当然と思わない人たちが働くようになります。つまりゲームの参加者が変わるのです。参加者が変われば自然とルールも変わるはずです。時代は変わります。その間、女性を守るために、私はこの活動を続けていきます。労働問題は労働者が声を上げることで変わっていくと言われているので、ぜひ女性に声を上げてほしいと思っています。

C日本は実際に取得できるかどうかは別にして産休・育休の制度自体は整っており、一方でアメリカは女性の働く権利が確立しています。それぞれの良いところを組み合わせて、理想的な制度をつくっていくことができればいいですね。