田野倉義規 ライダー大学

クラスで一、二を争う社交的な学生、ソフィアは、私を見かけると決まって「お父さん!」と声をかけてきます。彼女はレズビアンであることを誇りに思っている4年生で、リーダーの資質にあふれた優秀な学生です。「レズビアン」という言葉を耳にすると、うれしそうに文字通り必ず振り向きます。駐車場では愛車スバルをよく私の車の横に停め、「私のレズビアン車見た?」と聞いてきます。アメリカではスバルはレズビアンが好む車として知られているため、このような冗談を口にするのです。

私はニュージャージー州中部にあるリベラル色が特に濃い私立大学で演劇学を教えています。おそらくこの大学の特性と私の担当教科が理由だと思いますが、私のクラスにはたいていLGBTQIA+(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クィアもしくはクエスチョニング、インターセックス、アセクシュアル)の学生が数人います。

10年前はペンシルベニア州にある中規模の州立大学で教えていました。そこで出会ったゲイの学生のことをはっきりと覚えています。名前はジョナサン。最初、彼は演劇学専攻ではなく、演劇学科に入る前まで自身のセクシュアリティを公言していませんでした。しかし、パンセクシュアル(全性愛者)の男性や婚約中のレズビアンカップルといった役者仲間と付き合うようになると、他の学生は互いの成功を心から望み、人種、性別、セクシュアリティには関係なく全ての人を受け入れていることに気づきました。間もなく彼は気持ちが楽になり始め、自分らしくいられようになりました。

キャンパスのハンモックの上で授業の準備のために本を読むソフィアとガールフレンド

キャンパスのハンモックの上で授業の準備のために本を読むソフィアとガールフレンド

このようなオープンで安全な環境の下で、私は生徒と一緒によく自虐的なジョークを言い合ったり、笑い合ったりしました。ばかばかしく聞こえるかもしれませんが、実はこの種のユーモアは、冗談を言っている人がどの程度受け入れられているかのヒントを探るための社会環境を測る方法として使われることがあります。ユーモアは、社会の少数派である学生たちに対して、私たちは同じような経験をしたことがあるから、あなたが何者であるか、誰が「アライ(支援者、理解者、応援者)」なのか理解していることを伝える一手段だったのです。

ジョナサンは5年ほど前に卒業しました。ちょうどアメリカ各地の大学がLGBTQIA+の学生支援に力を注ぎ始めた頃です。私が現在教えている学校は、学生センター内に多様性推進オフィスがあり、あらゆる学生に門戸を開いています。多くの建物には「だれでもトイレ」が設置され、大学のウェブサイトにはその場所を示す地図が掲載されています。また、アライ探しやLGBTQIA+の学生の支援や資金援助をする「セーフゾーンプログラム」、ホモセクシュアル、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス、性的指向や性自認がはっきりしないクエスチョニングの状態にある人たちについて大学全体で議論をする「スペクトラム」という組織もあります。このような取り組みは、私がいる大学に特有のものではなく、ほとんどの大学で実施されています。

長い授業の一日が終わって、フレンドリーにポーズをとる3人。左から、ジャスパー、ダニエル、モーガン

長い授業の一日が終わって、フレンドリーにポーズをとる3人。左から、ジャスパー、ダニエル、モーガン

ジョナサンとは対照的に、7年ほど前に卒業したエリックは、自身のセクシュアリティについて話したことはありませんでした。彼がゲイだと知ったのは数年前のことです。学科内でも、自分のことをオープンに語れるアライがいませんでした。卒業後ニューヨークに引っ越し、そこでアライにようやく巡り合え、安心してありのままの自分でいられるようになったのです。そして間もなく、フェイスブックにLGBTQIA+関連のコンテンツを多く投稿するようになり、カミングアウトをしました。

ミシェルは現在私のクラスを受講しているノンバイナリーです(男性、女性のどちらでもないと認識する人を指す。代名詞に「they」を用いる)。「学校ではだれもが自由に自分らしく自己表現でき、ありのままの自分に誇りを持てる」とミシェルは言います。これはLGBTQIA+以外の人にとってはあたりまえのことですが、ミシェル、エリック、ジョナサンといった人たちの場合は、このような基本的人権が人を傷つけるような不寛容で無知な行動によって否定されることがあります。キャンパスの外はLGBTQIA+の学生にとって、どの程度オープンで受け入れられていると感じるかをミシェルに聞くと、こう答えてくれました。

「ニュージャージー州での私の経験は他の人と違うかもしれませんが、私はかなり受け入れられていると感じていますし、さまざまなLGBTQIA+の人たちにも巡り合いました。大学にもこのような人たちがいるでしょうが、私は自分が育ち、生活する過程の中で出会ってきたのです」

校内のミュージカル上演に備えて、セットにペンキを塗るソフィアと筆者

校内のミュージカル上演に備えて、セットにペンキを塗るソフィアと筆者

私もミシェルと同じような経験をしています。私は家族とニュージャージーの州都に10年住んでいました。私たちのタウンハウスは並木道沿いにあり、両隣にはゲイのカップル、通りの反対側にはレズビアンのカップル、そして子どもがいるレズビアンカップルも住んでいました。プライド月間には、自宅から100メートル圏内にあるさまざまな家の外に少なくとも6本のレインボーフラッグが掲げられていました。そこに住んでいたのは、私たちが今まで会った中で一番親切で思いやりにあふれた人たちでした。私たちが住んでいた場所は特別だったかもしれませんが、このような場所は本当にあり、アメリカの他の地域と同じようにオープンで誇りに思える場所です。

ソフィアのガールフレンドのメラニーは、「アメリカの大学への留学を考えているならば、その大学が多様性とインクルージョンでどのような指針を導入しているか、LGBTQIA+の学生に関する特別な方針があるかといったことを確認すべき」と言います。大学を見定める良い方法として、そこに通っている学生がネットでどんなことを言っているか読んでみることを挙げ、学校に入学したら、LGBTQIA+の学生のための多様性推進オフィスとLGBTQIA+の学生組織を探してみることを勧めます。また、そのような場所で働いている人に他のLGBTQIA+の学生を紹介してもらい、学校や周辺の様子について生の情報を手に入れることも勧めています。

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アメリカでは、大学の先生が一番のアライと言えるかもしれません。ソフィアは父親がとても保守的な家庭で育ったため、父親は彼女のセクシュアリティをまだ受け入れられずにいます。私のことを「お父さん」と冗談で呼ぶのはこのような理由からかもしれません。そのため、ソフィアのような学生にとっては、学校の先生やアドバイザーは無条件で子どもの世話をする保護者のような存在になります。学校と先生のことについてミシェルに尋ねると、こう答えてくれました。「ここにいるのはみんな温かい心を持った人たちで、自分自身を見つけ、恐れることなく自分らしくあるようにと背中を押してくれます。私はクラスメートや先生からの蔑視を恐れてはいません。それどころか、私は誰よりも彼らに心を開いています。先生たちは友達です。どんなことがあっても、生徒たちの幸せと成功を望んでいるのです」

注:登場人物の名前は全て仮名です。

バナーイメージ:ソフィア(中央)、モーガン(後列左)と仲間たち。校内で演劇上映の準備中

田野倉義規(たのくら よしのり)―― 東京都出身。ニュージャージー州ローレンスビルにあるライダー大学で教えている。ライダー大学の前は、イーストストラスバーグ大学で舞台美術の准教授として10年間教えていた。ロンドンのセントラル・セント・マーチンズ・カレッジで修士号を、コネチカット大学で舞台美術の美術学修士号を取得した。フリーランスデザイナーとして、アメリカ各地で40本近くの作品セットを手掛け、多数のブロードウェイ作品にアシスタントとして携わっている。