白石祐里菜 在日米国大使館 報道室インターン

日本人が英語でアメリカ人を笑わせる。誰もが不可能だと思ったことを成し遂げた人物がいる。ニューヨークで活躍する唯一の日本人スタンダップ・コメディアン、RIO(本名:小池良介)さんだ。

必要な道具はマイク1本。言語にハンデを抱えているにも関わらず、彼の繰り出す言葉に会場は大爆笑の渦に包まれる。日本人という圧倒的に不利な立場でありながら、なぜ彼はアメリカで成功できたのか。

アメリカへ、そしてコメディアンに

社交ダンスで日本の学生チャンピオンだったRIOさんは、外国人ペアに憧れアメリカへ渡った。しかし28歳のとき、僅か11歳のペアに負けて絶望し、厳しい社交ダンスの道は諦めざるを得なかった。新たな活躍の場を見つけようとクラスを探していたとき、偶然目に入ったのはStand Up NYが主催する週1回90分のコメディクラスだった。

1994年にロサンゼルスで行われたカリフォルニアオープンダンス大会に出場

1994年にロサンゼルスで行われたカリフォルニアオープンダンス大会に出場

「もう何でもよかった。ダメだったらすぐに辞めればいいやって気持ちでしたね」。興味本位で入ったクラスだが、RIOさんにとっては運命の出会いとなった。

「外国人は僕1人だけ。絶対ウケるわけないと思ったのに、蓋を開けてみたら全員スベる中、僕だけが爆笑。この世界にちょっと導かれたように感じましたね」

RIOさんにとってこのクラスはコメディアンへの大きな第一歩だったが、アメリカ人の多くは自ら見切りをつけて去っていった。当初20人だったクラスは1日で10人に減り、8週間後に残ったのはわずか5人であった。

しかし道のりはまだまだ長かった。ステージに出るためにコメディクラブのオーナーに押しかけ直談判。それでも自らのライブを開くまでには長い年月がかかった。

ニューヨーク市マンハッタンでインプロを披露。2008年

ニューヨーク市マンハッタンでインプロを披露。2008年

「(コメディクラブの)掃除は5年以上続けた。同じようなことをしているアメリカ人もいたけど、ほとんどが辞めていった。彼らには他の選択肢があるからね」

ライブに出られるようになってからも当然失敗はある。野次を飛ばされることもある。けれども、『ウケようと思えば必ずスベる』を座右の銘に持つRIOさんにとっては、失敗すらも想定内だ。

「高をくくって臨むと絶対大失敗する。自分は日本人だし、そもそも失敗して当然。だから失敗を想定して、万全な準備をする」

アメリカンドリームに憧れてビッグな夢を掴もうと挑戦する人は多い。だからこそ売れることより日々の練習を見つめ、努力と準備を怠らないRIOさんの姿は余計に輝いて見える。

教育とEducation

留学したことで、日本とアメリカの教育の大きな違いに気が付いたとRIOさんは語る。

「英語を日本語にするとき、Educationの和訳を間違ったんじゃないかな。Educationが教育、つまり教え育てることだとするなら、僕はアメリカで教育は一切受けていない。どうして誰も教えてくれないんだろうと最初は思ってた」

通っていたコメディクラスはお笑いのやり方を教えてくれるわけではなく、先生は褒めも貶しもしない。ただひたすら、生徒はネタを見せ、クラスに残るべきか去るべきかも自分の判断だ。コメディの教育を受けるつもりが、誰も教えてくれない。ある日、Educateには外に導き出すという語源があると知り、RIOさん自身は教育されていたのではなくコメディの才能を引き出すよう「Educate」されていたのだと気が付いた。日本の「教育」と、その人の才能や魅力を引き出すアメリカの「Education」は大きく異なっていた。

「僕の英語の成績は2。他の教科も大して出来なかった。英語で笑いを取るなんて科目はなかったし。日本の教育システムでは、学校で教わる9科目が苦手な子はそのまま落ちこぼれてしまう。けれどアメリカのEducationはそういう子の才能を引き出してくれる。今9科目の学業で苦しんでいる人でも輝ける科目が、アメリカにはある」

英語力と独創性

学生時代、先生に溜息をつかれるほど英語が苦手だったRIOさんが、最後に行き着いた職業は言葉が武器であるコメディアン。

あらゆる勉強法を試した末、RIOさんは独自の方法を編み出した。聞き取れない英語を録音し、文字は見ずに何度も繰り返し聞きながら同時に口に出すというやり方だ。

アメリカで活躍する上で英語力は欠かせない。しかしRIOさんは英語は出来ないくらいで構わないと言う。

「アメリカで成功する人はオリジナリティがある人。けれども、そもそも英語ってアメリカ人の真似っこだから。オリジナリティに溢れた人は人の真似がうまくできないから、英語が苦手になりがちだけど、その独創性だけで十分生きていける」

ニューヨーク市マンハッタンのキャロラインズ・コメディクラブの舞台に立つRIOさん。2015年1月

ニューヨーク市マンハッタンのキャロラインズ・コメディクラブの舞台に立つRIOさん。2015年1月

英語が苦手。勉強ができない。特技がない。そんな人にこそアメリカに行ってほしいとRIOさんは語る。

「今や人生100年時代。一番得意な才能だけで生きていくのは難しいかもしれない。一方で、自分が思いもよらなかった才能で、人生が開ける可能性もある」

日本にはない可能性がアメリカにはある。自分自身もまだ知らぬ才能が、アメリカで輝くかもしれない。