須佐美 透   在日米国大使館 報道室インターン

東日本大震災から間もなく5年。この未曾有の災害で多くの人々がさまざまな困難や悲しみを経験する一方、震災からは人間味あふれるドラマも生まれた。昨年10月に日本に戻ってきた2基の笠木(神社などの鳥居の上部に据えられる横木)もそのひとつだ。笠木返還の裏には、震災の被害を受けていない多くの人たちが、被災者をどれだけ思いやっているかがひしひしと感じられる物語があった。

太平洋を挟んで日本の対岸にあるアメリカ・オレゴン州の海岸には、震災後たくさんの漂流物が日本から流れ着いた。多くはがれきだったが、2013年3月22日、形をとどめた物体が漂着した。大きな朱色の木片。「これは大切なものに違いない」と考えた発見者のジャドソン・ランドール氏は、オレゴン州公園レクリエーション局に写真を送り、確認を依頼した。彼は最初に漂流物を見たときの印象を次のように語る。「これが日本から大洋を渡って流れてきたと考えると感慨深いものがあった。津波の力を見せつけられた」

海岸に打ち上げられた笠木

オレゴンの海岸に最初に漂着した笠木 (photo by Judson Randall)

この漂着物に関する情報は、ポートランド日本庭園の学芸員、内山貞文氏に伝わり、鳥居の一部、笠木であることが判明した。明神型という独特の形の笠木だったが、所有者を明確に示す手がかりはなかった。日本からの漂着物の持ち主を探すウェブサイトに情報が掲載されたが、1カ月たっても日本から連絡が来ることはなかった。

最初の笠木が流れ着いた翌月の4月、奇跡的なことに別の笠木がオレゴン州の浜辺に打ち上げられた。しかもその笠木には、奉納者の名前や奉納年月日などが書かれていた。この笠木も併せてサイトに掲載することで持ち主が見つかるかと思われたが、4カ月経過しても音沙汰はなかった。

笠木をこのままにしておくことはできないと考えた内山氏は、ポートランド日本庭園の最高運営責任者スティーブン・ブルーム氏と相談し、持ち主探しに本格的に乗り出した。同庭園のドリー・ボルム理事が、笠木の保管場所として自宅の倉庫を提供した。「この話を聞いたとき、何か手伝いたいと思いました。私が笠木の話をした人たちは、誰もが協力したいと申し出てくれました。この話が人間の生と死、不屈の精神、そして希望を体現しており、多くの人の共感を呼んだからでしょう」とボルム理事は話す。

全く情報が得られないまま1年が過ぎた。今後どうすべきかをブルーム氏と話し合った内山氏は、ボルム理事と共に日本に行って情報収集することにした。渡航前に、味の素株式会社の取締役社長・最高経営責任者(当時)であり、ポートランド日本庭園の国際諮問委員でもある伊藤雅俊氏にこの話をすると、感銘を受けた伊藤氏は「震災で津波に流された神社を見つける」という特命を同社の社員に与えた。彼らは該当する神社を100社ほどリストアップしたが、笠木の持ち主を特定するまでに至らなかった。

丁寧に移動される笠木

ポートランド日本庭園に運ばれる笠木 (photo by Tyler Quinn)

来日した内山氏とボルム理事は、宮城、岩手、福島の被災地3県を巡り、タクシーの運転手、ホテルやレストランの経営者などから情報を得ようとした。やがて2人の活動がNHKで報道されたことで事態は好転する。福島県いわき市で郷土史を研究している酒井仁氏が、その放送を見て協力を申し出たのだ。その結果、笠木が青森の神社のものである可能性が急浮上し、ついに同県八戸市の厳島神社が持ち主と判明した。そしてそれぞれの笠木を奉納した人物や親族とも連絡がつき、2基の笠木は日本に戻されることになった。

笠木についてメッセージを書く人

前途を祝福するメッセージがたくさん集まった (photo by Jonathan Ley)

笠木の日本への搬送を支援したのは、ヤマト運輸のアメリカ子会社と、木材の輸出会社パシフィック・ランバー・アンド・シッピングだった。笠木を日本に運ぶのが難しいというニュースを見たパシフィック・ランバーの木材バイヤー、レイ・リーベ氏ら社員が率先して運搬を手伝うことにしたのだ。親会社のポート・ブレークリー・ツリー・ファームの最高経営責任者リネー・アンシナス氏は「私が知る前に社員たちは行動を起こしていた。彼らをとても誇りに思っている」と語った。

そして昨年10月、日本に到着した笠木の返還式が横浜ベイクォーターで開催され、キャロライン・ケネディ駐日米国大使をはじめ日米の関係者が出席した。非常に多くの人の力添えと善意によって「帰国」した笠木は、ケネディ大使も言うように「日米の絆の象徴」であり、震災復興のとして多くの被災者を勇気づけることだろう。2基の笠木は修理され、5月に厳島神社に再奉納される予定である。

笠木とケネディ大使

2015年10月、横浜で行われた笠木返還式典に出席したケネディ大使