植木香織 アメリカ大使館 広報・文化交流部

私が育ったのはロサンゼルスで、パンといえば普通の食パンでした。高校時代のある日、ベーグルのことを耳にしました。友達にベーグルって何?と聞いてみたところ、彼女の答えは「パンに似てるけど、ドーナツみたいな形をしてるの」

答えを聞いてもよく理解できませんでした。なぜドーナツ型のパンを作るのだろう、と。そして、ベーグルのことは忘れてしまいました。後にニューヨーク州中部でベーグルに目覚めることになるとは夢にも思わずに。ベーグルはパンと違うことがすぐに分かりました。焼く前にお湯でゆでるので、普通のパンにはない「歯ごたえ」があります。そして私はキャンパスの隣にあるベーグル店を定期的に訪れるようになります。あの食感には何とも言えない満足感があり、やみつきになりました。その後ニューヨーク市のベーグルを食べて、完全に「はまって」しまったのです。

薪オーブンから焼きたてのベーグルを取り出す。ニューヨークのイーストビレッジにある「ブラック・シード・ベーグル」の店舗にて (AP Photo/Mary Altaffer)

薪オーブンから焼きたてのベーグルを取り出す。ニューヨークのイーストビレッジにある「ブラック・シード・ベーグル」の店舗にて (AP Photo/Mary Altaffer)

私にとってベーグルは典型的なアメリカの食べ物です。アメリカ人は朝食、昼食、そしておやつにいつでもベーグルを食べます。「ナショナル・ベーグルデー」(1月15日)なる日まであるのです。

学者によると、ベーグルは数世紀前にポーランドで生まれたそうです。スミソニアン誌に掲載されたアマンダ・フィーグルの記事によると、ベーグルは1683年にポーランドの王様への貢物として作られたという話もあります。また、ベーグルの起源はそれより前の1610年、あるいはさらにさかのぼって14世紀のポーランドのパンだという説もあります。ベーグルは19世紀に東欧の移民と共にアメリカに伝わりました。移民の多くはユダヤ人です。アメリカでは、ベーグルはユダヤ人文化、特にニューヨークの文化と関連付けられています。ベーグルがアメリカの主流になったのは、あるベーカリーがスーパーで冷凍パッケージのベーグルを販売し始めた1970年代のことです。

ベーグルはアメリカ全土で食され、多くのスーパーが6個入りのパックを販売しています。ニューヨークでは特に人気があります。ニューヨークのベーグル店は数多くの種類をそろえており、トッピングも豊富です。ベーグルを購入するには多くの選択をしなければなりません。まずベーグルの種類を選びます。多くの店で見られる一般的なベーグルの種類は、プレーン、セサミ、ポピーシード、オニオン、ガーリック、シナモンレーズン、マルチグレイン、そして「エブリシング」です。エブリシングのベーグルとは、定番の味(セサミ、ポピーシード、オニオン、ガーリック、塩)を組み合わせたベーグルのこと。お店によってはグルテンフリーのベーグルもあります。そして、鮮やかな色が好きな人のためにレインボーベーグルまであるのです! このベーグルは文字通り虹色で、色の列が渦を巻いて色とりどりの波を作っています。数年前にこのレインボーベーグルがヒットし、このカラフルなベーグルを買う行列が外にまで出来る店もあったほどです。今ではレインボーベーグルを扱うお店は何店かあり、東京にも進出しています。

ベーカリーに並ぶカラフルなレインボーベーグル (EQRoy/Shutterstock.com)

ベーカリーに並ぶカラフルなレインボーベーグル (EQRoy/Shutterstock.com)

ベーグルを選ぶと、多くの人は円形のまま横半分に切って、何か好みの物を挟んでサンドイッチにします。私の印象では、ベーグル店はベーグルの種類については保守的な反面、スプレッドや挟む具材については冒険的な気がします。ベーグルのスプレッドとしてはクリームチーズが人気です。プレーンなクリームチーズの他にも、「わけぎ」などの香り高いものや、ブルーベリーなどの甘いものをブレンドしたものもあります。豆腐を使ったスプレッドまであります。オリジナリティーを追求するあまり、高級食材や面白いフレーバーを取り入れる店も出てきました。今では、クリームチーズや豆腐スプレッドにハラペーニョ、オリーブ、サンドライドトマト、チョコチップ、アップルシナモンなどを選べます。あるお店では、ゴージャスな響きのロブスタークリームチーズにタラゴンを加えたものを期間限定で販売していたほどです。

多彩なベーグルのトッピング。クリームチーズやさまざまな魚の燻製が並ぶ。ニューヨークのエッサベーグルにて (AP Photo/Kathy Willens)

多彩なベーグルのトッピング。クリームチーズやさまざまな魚の燻製が並ぶ。ニューヨークのエッサベーグルにて (AP Photo/Kathy Willens)

スプレッドの他にも、ツナサラダや卵サラダ、薫製魚を使ったサラダなども選ぶことができます。人気が高いのはクリームチーズとスモークサーモンの組み合わせです。また、モッツァレラや他のピザ用トッピングをのせたオープンサンドのピザベーグルや、ローストビーフやパストラミを使った本格的なベーグルサンドも注文できます。さらには、スプレッドやサラダ、肉類、赤タマネギやトマトなどのトッピングを組み合わせて、カスタマイズすることもできます。自分の好みに合わせて、自由にクリエーティブなベーグルを楽しめるのです。また、ベーグルが大好きで他の食品にもベーグルのような味を求めている人のために、ベーグルの基本的な味であるセサミ、オニオン、ガーリック、塩をミックスした調味料がパッケージで販売されています。この「エブリシング・ベーグル」調味料を、ポップコーン、ポテトチップス、パン、さらにはサラダに振りかけて食べることができます。「エブリシング・ベーグル」味を販売しているポテトチップスのブランドもあります。

スモークサーモン、ホウレンソウ、赤タマネギ、アボカド、そしてクリームチーズをトッピングした「エブリシング・ベーグル」 (Stephanie Frey/Shutterstock.com)

スモークサーモン、ホウレンソウ、赤タマネギ、アボカド、そしてクリームチーズをトッピングした「エブリシング・ベーグル」 (Stephanie Frey/Shutterstock.com)

大学時代の友人の1人がよく「ベーグルスライサーが欲しい」と言っていました。ベーグルを切るときは、片手でベーグルを立て、もう一方の手でナイフを使うのですが、ナイフを押し下げるのが強過ぎるとベーグルだけでなく手を切ってしまいかねません! 幸いなことに、ベーグルを半分にスライスする専用の道具があります。ベーグルスライサーの一種で「ベーグルギロチン」という個性的な名前で知られています。それでもニューヨーク出身の別の友人が言うには、いまだに多くの人が昔ながらの方法、つまり手でベーグルをスライスしているそうです。彼がある日曜日に病院に行った時の話です。ベーグルを切っている最中に手まで切ってしまった人を何人か見たそうです。「日曜日はベーグルの日です」と、病院の職員が話していたそうです。

ニューヨークのアッパーウエストサイドにあるショップ「アブソルートベーグル」 (AP Photo/Richard Drew)

ニューヨークのアッパーウエストサイドにあるショップ「アブソルートベーグル」 (AP Photo/Richard Drew)

ベーグル好きは、ベーグルのこととなると熱くなることがあります。それぞれに好みと食べ方があり、特定のベーグル店にこだわる人もいます。ベーグル好きが彼らの信念に反する食べ方をしている人を見ると、感情が爆発することもあります。2019年3月のある日、セントルイスの男性がスライスしたベーグルの写真をツイッターに投稿すると、たちまちネット上で激しい論争が巻き起こりました。何が物議を醸したのでしょう? ベーグルが食パンのように垂直にスライスされていたのです! このベーグルの「食パン切り」は、多くのベーグル好きのコアな価値観を揺るがしました。「重罪」「残虐行為」「食品犯罪」などのコメントが「食パン切りベーグル」に浴びせられました。それに対する反論も素早く、「食べやすい」や「複数のスプレッドにディップできる」など、擁護派もいたのです。

いろいろなベーグルやトッピングを試した後で、私は昔からの定番、プレーンなクリームチーズ入りのベーグルに落ち着きました。よりエキゾチックで珍しい組み合わせを好む人もいるでしょう。それがベーグルの人気の理由なのかもしれません。誰もがいろいろな形で幅広く楽しめるアイテムです。皆さんも自分だけの完璧なベーグルを探してみてはいかがでしょうか。