ジャンヌ・ホールデン

起業家精神とは何か

 「起業家精神」の意味は何世紀にもわたり変化してきた

勤務先を解雇されてベーカリーを開く人もいる

「起業家精神」とは何を意味するのか。起業家精神という概念が初めて確立されたのは1700年代であり、その意味は常に変化してきた。起業家精神とは単に自分で事業を起こすことと考えている人も多い。しかし、ほとんどの経済学者は、起業家精神が意味するところはそれだけでないと考えている。

経済学者の中には、起業家とは新規事業で利益を上げる大きなチャンスがあればリスクを負うことをいとわない人たちである、と考える者もいれば、自分の革新的なアイデアを売るイノベーターとしての起業家の役割を強調する者もいる。さらには、起業家とは市場に需要があるにもかかわらず、まだ供給されていない新しい製品やプロセスを開発する人たちである、という意見もある。

20世紀の経済学者ヨーゼフ・シュンペーター(1883~1950年)は、イノベーションと改善を求める起業家の意欲が、いかに大きな変動と変革をもたらすかに注目し、起業家精神を「創造的破壊」をもたらす力と考えた。彼によれば、起業家は「新結合」を遂行し、古い産業の衰退を促す。確立されたビジネス手法が、より優れた新たな手法により破壊される。

経営学者のピーター・ドラッカー(1909~2005年)は、この考え方をさらに推し進め、起業家とは実際に変化を探し出してそれに対応し、変化をチャンスとして利用する人たちと定義した。タイプライターからパソコン、そしてインターネットへというコミュニケーション手段の変遷には、この考えが体現されている。

起業家精神とはあらゆる社会の経済成長と雇用機会の促進に必要な要素である、という点で今日の経済学者の意見はおおむね一致している。途上国では中小企業の成功が、雇用創出、所得の増加、そして貧困縮小の主要なけん引力となっている。従って、政府による起業家精神の支援は経済開発に不可欠な戦略である。

東京アメリカンセンター主催のアントレプレナーシップ・フェアで、ルース駐日米国大使と共に議論に参加するパテル氏(右) (写真 在日米国大使館)

経済協力開発機構(OECD)のビジネス産業諮問委員会は、2003年に「雇用創出と経済成長には起業家精神の奨励策が不可欠である」と述べている。政府は財産権の強化や競争的な市場制度を促進する法律の制定など、起業家による新規事業の設立を促す奨励策を実施できる。

ある社会において起業家精神がどの程度存在するかは、その社会の文化によって左右される場合もある。起業家精神を発揮した人が受ける評価は文化によって異なり、起業家精神がどれくらい社会に存在するかが変わることもある。階層的な組織のトップに立つ人々や職業上の専門知識を持つ人々を最も尊重する社会では、起業家精神が抑制されるかもしれない。一方、自力で成功をつかんだ「たたき上げ」の人たちを高く評価する文化や政策は、起業家精神を奨励する可能性が高い。

以下では、起業家精神の基本的な要素を取り上げる。各章で、経済理論の主流派の考え方を、多くの国々の起業に共通する慣行の実例と共に紹介する。ここでは、「人はなぜ、どのようにして起業家となるのか」「起業家精神はなぜ経済にとって有益なのか」「政府はどのように起業家精神を奨励し、それによってどのように経済成長を推進することができるのか」という質問に答えることを目的としている。

起業家の条件とは何か

起業家は、年齢・収入・性別・人種ともにさまざまである

どのような人が起業家になるのか。起業家を定義づける、これといった明確な特徴はない。成功した起業家を見ても、年齢・収入・性別・人種ともにさまざまである。また教育や経験も異なる。しかし調査によると、成功した起業家のほとんどが備えている特質がいくつかある。それは創造力、献身、強い意志、柔軟性、指導力、情熱、自信、そして「賢さ」である。

  • 創造力は新しい製品・サービスや経営方法を生み出す力であり、イノベーションと改善を推進する。また継続して学び、疑問を持ち、既存の枠組みにとらわれずに考えることでもある。
  • 献身は特に事業の開始時期に、起業家が1週間7日、1日12時間以上仕事に励み、事業を軌道に乗せる原動力となる。事業の成功には、事業計画とアイデアに加え、こうした努力も不可欠である。物事の実現には献身的努力が必要である。
  • 決意とは、成功したいという極めて強い願望であり、粘り強さや、困難に遭っても立ち直る力も含む。決意を秘めた起業家は、9人に電話をかけて何の成果も得られなくても、10人目に電話をかける。真の起業家にとって働く意欲を刺激するのはお金ではなく、成功である。お金は報奨にすぎない。
  • 柔軟性とは市場のニーズの変化に迅速に対応する能力であり、自身の夢の追求に際し市場の現実を十分に留意することである。ある起業家はフランスパンだけを売る高級ベーカリーを目指して店を開いたが、お客から「マフィンも買いたい」という要望があったため、そうした客層を失わないために自分の理想にこだわらずその要望に応えた。
  • 指導力とは規則を作って目標を設定し、規則の順守と目標の達成を実現させる能力である。
  • 情熱は、起業家が行動を起こし、努力を続けるために必要な要素であり、情熱を持って説得すれば、自分以外の人たちに自らのビジョンを信じてもらうことができる。情熱は事業計画に代わるものではないが、起業家が集中して事業を継続し、他の人たちに事業計画を検討してもらうために役立つ。
  • 自信は不確実性とリスクを減らす綿密な事業計画から生まれる。また自信は専門の経験・知識にも基づく。自信に支えられた起業家は、簡単に動揺したりおじけづいたりすることなく、他人の意見に耳を傾けられる。
  • 「賢さ(smarts)」とは、一般常識と、関連する事業や企業での知識や経験を指すアメリカの言葉である。一般常識を備えた人は直感が働き、知識や経験は専門技能となる。多くの人はこうした「賢さ」を備えているが、そのことに自分では気づいていない。例えば、限られた予算の中で家計をやりくりできる人は、組織力と財政能力に恵まれている。労働、教育、人生経験はすべて「賢さ」を身に付ける上で役立つ。

起業家は誰でも、こうした資質を大なり小なり持っている。しかし、たとえいくつかの資質に欠けていても、多くの資質は努力して身に付けることができる。あるいは、起業家に欠けている資質を持つ人を雇うこともできる。いちばん大事な戦略は、自分の長所を知り、それを伸ばすことである。

なぜ起業家になるのか

人々が魅力を感じる起業の利点

人は何をきっかけに独立して起業するのだろうか。解雇された経験があるのかもしれない。時には今の仕事に不満を感じ、今後の見通しもあまり明るくない人もいる。また失業の危機にあることに気づいたのかもしれない。失業を招いたり、昇進・昇給を制限する人員削減を会社が検討しているかもしれない。あるいは、すでに昇進を見送られたのかもしれない。どの会社でも自分の関心や技能に見合うチャンスがないと考えているのかもしれない。

中には、人に雇われて働くこと自体に反発を感じる人もいる。そういう人たちは、実績より年功序列に基づいて報酬が決まったり、企業文化に適応しなければならない制度に反発する。

既存の企業や職業での官僚主義や出世争いに幻滅して起業家になる人もいれば、大企業の主流事業から外れた製品、サービス、あるいは事業のやり方の売り込みに疲れてしまった人もいる。

一方、次のような、自分で事業を起こすことの利点に魅力を感じて起業家になる人もいる。

  • 起業家は誰にも指図されることなく、自分で決断する。自分で取引相手を選び、仕事を決める。勤務時間も給料も、そして休暇を取るかどうかも自分で決める。
  • 起業家になると、人に雇われる場合に比べ、金銭的にはるかに大きな報酬を得られる可能性が高い。
  • 製品の構想から設計・開発、そして販売、営業活動、顧客への対応まで、経営のすべてに関与できる。
  • 責任者としての名声が得られる。
  • 起業家になれば個人が資産を増やすことができ、その保有、売買、次世代への継承が可能である。
  • 起業家になれば社会に貢献する機会が生まれる。新たな起業家のほとんどは、地元経済に貢献する。少数ではあるが、イノベーションを通じて社会全体に貢献する起業家もいる。1976年にアップル社を共同で創業し、その後のデスクトップ・コンピューター革命に火を付けた起業家スティーブ・ジョブズはその一例である。

自分の住む地域における雇用やキャリアの可能性を検討した上で、起業の道を選ぶ人もいる。

いずれかの理由により正当性があるわけではないし、どの理由も成功を保証するものではない。しかし事業を始めたいという強い意欲に加えて、優れたアイデア、慎重な計画、そして勤勉な努力があれば、非常にやりがいのある収益性の高い事業を営むことができる。

新規ベンチャー企業の参入戦略

起業の将来性と経営者になる魅力に引き寄せられることはたやすい。一方未来の起業家にとって、提供する製品やサービスを決めるのは難しい場合もある。市場の可能性、競争状況、資金源、自らの技能や関心など、考慮すべき数々の要因がある。そして、どうすれば消費者がわざわざこの新しい会社から製品やサービスを買うようになるかを考えることが大切である。

重要な要因のひとつはアイデアの独自性である。独自性があればベンチャー企業は競合各社の中で目立つ存在となり、新製品やサービスの市場参入の促進につながる。

低コストだけに頼る市場参入戦略は避けた方がよい。新しいベンチャー企業の規模は概して小さく、大量生産による低コストの恩恵を受けるのは通常、大手企業だからだ。

成功した起業家の多くは、差別化、ニッチ化、そしてイノベーションによって自分の会社を他社と区別している。

差別化とは、自社の製品・サービスを競合他社のものと区別する努力である。差別化に成功すれば、その製品・サービス独自の特徴に消費者が価値を認めるため、価格の変動の影響を比較的受けにくくなる。

例えば、競合他社の製品と機能は似ていても、小型化、軽量化、使いやすさ、設置のしやすさなど、操作性を向上させる特徴を持つ場合がある。1982年に、コンパック・コンピューター社はアップル、IBMの両社と競合を始めた。コンパックの製品第1号は、取っ手付きの一体型パソコンだったが、このポータブル・コンピューターという新しい概念は大成功を収めた。

ニッチ化とは、ごく一部の消費者のニーズを満たす製品・サービスを提供する努力である。かなり狭い市場に集中することによって、新しいベンチャー企業が大手競合他社よりもうまく顧客のニーズに対応できる場合もある。

人口構成の変化によってニッチ市場への参入機会が生まれることもある。例えば、先進国では65歳以上の年齢層が成長市場となっている。また、フィットネスに熱心な人たち、冒険旅行ファン、共働きの親など、個人の興味やライフスタイルに基づくニッチ市場もある。実際に、共働き家庭のために、温めるだけで食べられる「手作り」ディナーを専門に作っている起業家もいる。

イノベーションは、おそらく起業家精神の最大の特徴である。先見の明がある経営学者ピーター・ドラッカーは、イノベーションを「パフォーマンスの新たな局面を切り開く変化」と定義している。製品のイノベーションには大きく分けて2種類ある。画期的な技術または世界に前例のない製品をもたらす先駆的あるいは急進的なイノベーションと、既存の製品を修正する漸進的なイノベーションである。

またイノベーションは、製造工程から価格設定まで事業のあらゆる側面で起こる。1960年代後半に宅配を基盤とするドミノ・ピザを創業したトム・モナハンや、1995年にオンライン販売に限定した書店アマゾン・ドットコムを始めたジェフ・ベゾスの決断は、市場に革命をもたらした革新的な流通戦略の例である。

途上国の起業家は、先進国で生み出された製品を模倣し、自国の市場に適合させてイノベーションを実現することが多い。ドラッカーはこれを「創造的模倣」と呼んだ。模倣する側が、本来の生みの親よりも、イノベーションをうまく自分たちの市場に応用、利用、販売する方法を知っている場合に、創造的模倣が行われる。

イノベーション、差別化、そして市場のニッチ化はいずれも、新たなベンチャー企業が顧客を獲得し、売り上げを得るための効果的な戦略である。

マーケティングとは販売である

マーケティングとは、宣伝、輸送、保管、そして販売など、生産者から消費者への製品の移動に関するあらゆる活動と定義されることが多い。しかし新しい企業にとっては、マーケティングとは販売を意味する。お金を払って製品・サービスを買ってくれる顧客がいなければ、起業家の計画や戦略はすべて確実に失敗する。

新しい企業が注文を得るにはどうすればよいのか。起業家は、事業を始める前に対象市場を調査し、競合製品を分析すべきである。起業家フィル・ホランドは「ほとんどの事業分野には、その分野に最もふさわしく、すでに実践されている独自のマーケティング戦略が存在する」と述べている。ホランドが1970年に設立したヤムヤム・ドーナツショップ社は、非公開企業としては米国最大のドーナツショップ・チェーンに成長した。彼は、競合他社で成功した販売手法や価格設定、宣伝などの分析を提案している。

例えば、起業家は地元の教会、学校、地域グループなどの組織の名簿やメーリングリストを入手し、顧客となり得る人たちのファイルを作成できる。そしてこのファイルを使ってダイレクトメールや、新規開店時に招待状を送ることもできる。

新しい会社の経営者は、事業の開始後、できるだけ大勢の潜在的な顧客に、予算の枠内で効率的かつ効果的に自社の製品・サービスに関する情報を提供する必要がある。

新しいベンチャー企業では、経営者が最も効果的な販売担当者となることが多い。会社の「社長」から電話がかかってくれば、たいていの人は電話を取る。社長こそビジョンを持ち、新しい事業の利点を理解して、迅速な決断を下すことができる人物である。マイクロソフト社のビル・ゲイツをはじめ多くの有名な起業家は、自社の製品を売る能力にも恵まれている。

会社が雇う販売担当者も新しいベンチャー企業、特にかなり狭い市場を対象とする企業の場合には有効である。また、メールオーダーやインターネットを使ったダイレクトセールスは、より低コストで同様の成果を上げる手段である。

外部の販売ルートも利用できる。代理業者や販売業者などの仲介業者に製品・サービスのマーケティングを委託することができるが、こうした仲介業者に対しては、公平な扱いと速やかな支払いを心掛けなければならない。代理業者の扱う数々の製品・サービスの中でも自社の製品を特に重視してもらえるよう、外部の代理業者を社員と同様に扱い、十分なボーナスを支払うことを提案するアナリストもいる。

宣伝と販売促進はマーケティングに不可欠なツールである。新聞、雑誌、テレビ、ラジオの広告は、大勢の消費者を対象とする場合には効果的である。これより低コストの手段としては、チラシを作成して潜在顧客に郵送、各家庭に配布、商店などに掲示してもらう。また新しい会社が新製品の発表資料を用意すれば、業界誌が通常無料で掲載してくれる。

米国の「イエローページ(職業別電話帳)」のように、職種ごとの見出しの下に同業の会社を記載した地元の電話帳に名前を載せることも大切である。また、消費者が地元の会社を探すときに使うグーグルやヤフーのような検索エンジンに載ることも有用である。企業のウェブサイトは通常、検索エンジンからリンクされているため、さらに詳しい情報を提供できる。

知名度が上がることも、新しい製品・サービスの宣伝に大きく役立つ。新しい会社は、メディア各社にプレスリリースを送るとよい。地元の新聞が新事業を紹介する記事を書くことがある。テレビやラジオが経営者をインタビューすることもある。これは売り上げ増につながる極めて効果的な宣伝となり、しかも宣伝費は無料である。

知的財産 は貴重な事業資産

知的財産の保護は実務的なビジネス上の決定である

知的財産は起業家にとって貴重な資産である。知的財産とは、起業家またはそのスタッフによる知的創造物で、商業的価値があり、法律により財産権が付与されている。一例として、新製品とその名称、新しいビジネス方法やプロセス、新たな販売促進計画、新しいデザインなどがある。

塀や錠前ではこうした無形資産を守れない。これに代わり特許権、著作権、あるいは商標権により、競争相手が他人や他企業のアイデアを利用して利益を得るのを防ぐ。

知的財産の保護は、ビジネス上の現実的な判断である。時間とお金をかけてアイデアを完成させても、他人に模倣されてはその時間とお金が無駄になりかねない。アイデアを模倣した競争相手には、事業設立のコストがかからないため、価格の引き下げも可能である。知的財産法の目的は、創作者が自らのアイデアから利益を得て開発コストを回収する時間を与え、イノベーションを奨励することである。

知的財産権は売買や使用許諾、あるいは無償譲渡が可能である。特許や商標の使用許諾や販売で多額の利益を得ている会社もある。

グローバル市場でこうした資産を守るために、起業家は知的財産権についての知識を持っていなければならない。知的財産専門の弁護士から情報や助言を得ることができる。

知的財産権の主な形態は以下のとおり。

特許 発明者以外の者による発明の製造、利用、販売を目的とした提供、販売を一定期間(ほとんどの国では最高20年間)禁止する権利を発明者に与える。その期間が終了すると、その発明は公有財産となり、誰でも使えるようになる。

著作権 文筆家、作曲家などによる新規創作物を保護する。一般に著作権はアイデア自体を守るものではなく、録音、書籍、コンピューター・プログラム、建築などアイデアが表現された形態を保護する。著作権で保護されている資料の所有者は、その作品の複製、派生著作物の制作、作品の複製の配布、作品の公共の場での上演や展示に関し独占的な権利を与えられる。

企業秘密 ビジネスで有利な立場に立つために秘密にされている情報から成る。知的財産権を専門にするイアンディオリオ・アンド・テスカ法律事務所を設立したパートナー(共同経営者)のジョセフ・S・イアンディオリオは「企業秘密の例として顧客リスト、希少材料の供給元、あるいは他より早く安く材料を提供してくれる供給元などがある」という。「秘密のプロセス、調合法、技法、製造ノウハウ、宣伝計画、マーケティング・プログラム、事業計画なども、当然保護の対象となる」

企業秘密は通常、契約や機密保持契約によって保護される。それ以外の法的保護形態は存在しない。最も有名な企業秘密は、100年以上前に開発されたコカコーラの調合法である。

企業秘密は、情報が公開されていない間のみ有効である。予期しない情報公開や、リバースエンジニアリング、または独自の発明のような公正な方法による発見には適用されない。

商標 商品の出所を明らかにし、他社の商品と区別するために、個別にまたは組み合わせて使用されるシンボル、単語、またはデザインを保護する。例えば、アップル・コンピューター社は、一口かじられたリンゴの絵に登録商標を表すシンボルを付けた図柄を使っている。サービスマークは同様にサービスの提供者を特定する。商標やサービスマークは、他社が類似の紛らわしいマークを使えないようにする権利を企業に与えている。

ほとんどの国では、商標権を執行するには商標の登録が必要であり、その効力の維持には登録を更新しなければならない。更新は無限に継続できる。消費者は商標により、特に望ましいとする特定企業の商品、例えばバービー人形やトヨタの自動車を見つける。有効期限のある著作権や特許と異なり、多くの企業の商標は時とともに価値が増す。

小規模企業の強み

小規模企業にはイノベーションを実現し、新しい製品やサービスを生み出す柔軟性がある

新しいベンチャー企業の設立を考えている起業家は、大企業と比較した場合の小規模企業の強みを考慮し、その競争上の利点を最大限に活用すべきである。計画の慎重な立案により、起業家は大企業との差を縮め、自社の成功のチャンスを高めることができる。

大企業の強みについては十分に実証されている。大企業は小規模企業に比べて豊かな資金源を持ち、充実した品揃えと、製品開発とマーケティングへの投資が可能だ。また製品の大量生産によってコストを下げ、価格を引き下げられるため、規模の経済の恩恵を受ける。また多くの大企業は知名度の高さにより信頼されており、大規模な組織によるサポート体制も整っている。

では、小規模企業はどのように競争すればよいのだろうか。

概して、事業を始めたばかりの小規模企業は、大企業より柔軟性に富み、業界あるいは地域の変化に迅速に対応できる。官僚主義に縛られた大企業に比べ迅速かつ創造的にイノベーションを実現し、新製品・サービスを開発できる。ファッションや人口構成の変化、あるいは競合相手の宣伝活動に対応するにしても、中小企業は何カ月あるいは何年という月日をかけず、数日での決断が可能である。

小規模企業は特異な顧客ニーズに合わせて製品やサービスを修正できる。一般に、小規模企業の社長や管理職にある人々は、大企業の場合に比べ顧客基盤についてよく知っている。顧客サービスの向上につながる場合には、小規模企業は製品やサービスの修正や営業時間の変更が可能だ。顧客が製品開発に貢献することさえある。

中小企業のもうひとつの強みは、非常に高い技術を持つスタッフが新規事業のあらゆる側面に参加することである。特に新興企業では、幹部社員がそれぞれの能力よりもレベルが低い職務に従事することにより恩恵を受ける。例えば、起業家のウィリアム・J・ストルツが1961年にニューヨーク州ロチェスター市でRFコミュニケーションズ社の設立を支援した時、3人の創設者のうち1人はかつて大企業ゼネラル・ダイナミクス社のマーケティング部門の幹部社員、残りの2人は同社エンジニアリング部門の幹部社員だった。この元マーケティング幹部は、新会社での肩書が「社長」でありながら、実際の仕事は注文取りだった。また元エンジニアリング幹部の2人は、部下の監督ではなく製品設計を担当した。ストルツが著書「Start Up」で述べているように、「私の知っているほとんどの新興企業で大事な役割を担う管理職にある人たちは、大企業ではるかに大きな責任を負う役職に就いていた。そしてこのことが、新しい企業に競争上非常に有利に働いている」

新興企業のもうひとつの強みは、起業家、共同経営者、アドバイザー、従業員、さらにはその家族まで関係者全員が、情熱的な、時に何かに取り付かれたような欲求を持って成功を目指している点である。そのため彼らはさらに努力し仕事の質を向上させようとする。

最後に、多くの小規模企業や新興企業には、自分のやりたいことに全力を注ぎ込んでいる人たちが生み出す無形の特性がある。これが「起業家精神」であり、より大きな成功の機会を生み出すために人々が力を合わせる時に生まれる、楽しく刺激的な雰囲気である。この雰囲気が人材を引き付け、全力を発揮させる。

政府の政策の重要性

政府は起業家と小規模企業を重視している

起業活動は経済成長につながり、貧困の縮小、中産階級の創出、社会の安定に貢献する。起業家精神を広め、そこから恩恵を得る政策の導入は、いかなる政府にとっても利益となる。

セントルイス連邦準備銀行の上級エコノミスト、トーマス・A・ギャレットによると、政府の政策は、振興される企業を選ぶ際の政府の関与の仕方によって、「能動的」か「受動的」かに分類される。対象を絞った税優遇策のような能動的政策が特定の形態の企業を支援する一方で、受動的政策は企業に関係なく起業家全般にとって有利な環境づくりを推進する。

ギャレットは、能動的、そして受動的政策のいずれも小規模企業を振興する効果があるが、受動的政策が最も広範に起業を促進するとし、「起業家にとって有利な環境こそが、規模、場所、目的に関わらず、個人や企業の事業の拡張と繁栄を可能にする」と述べている。

起業と小規模企業を奨励する最も効果的な戦略には税政策へ規制政策の変更、資本へのアクセスの改善、そして法律による財産権の保護などがある。

税政策 政府は税金から歳入を確保する。しかし税金は、課税対象となる企業の活動のコストを上昇させ、企業活動をある程度抑制する。従って、政策立案者は歳入増と起業振興のバランスを取る必要がある。法人税引き下げ、投資や従業員研修に対する税額控除、そして企業向けの所得控除などは、事業の成長を促進する手段として実績がある。

規制政策 起業問題を専門とする弁護士で執筆家でもあるスティーブ・ストラウスによると、「規制のプロセスが簡素で迅速であるほど、小規模企業が成長する可能性が高まる」。政府規制を順守するためのコストの引き下げも効果的だ。政府は起業家が支援を受けられるワンストップ・サービスセンターを設置したり、さまざまな書類の電子的な提出や保管を許可することができる。

資本へのアクセス 起業には資金が必要である。新規事業の初期費用に加えて、手続きや手数料も必要だ。従って、政府ができる最も重要な活動は、起業家が事業を設立する際に必要な資金調達の支援である。米国では、中小企業庁(SBA)が起業家の資金調達を支援している。SBAは、融資保証を主な機能とする連邦政府機関である。SBAのプログラムに参加している銀行その他の金融機関は、多くの場合、借り手が債務不履行になった時に政府が返済を保証してくれるため、厳しい融資条件を緩和する。こうした政策によって、リスクの高い新規企業がさまざまな融資を利用できる。

法律による財産権の保護 小規模企業が繁栄できるのは、個人の財産権が尊重され、こうした権利を守る法制度が存在する場合である。財産権が存在しなければ、創造や投資に駆り立てる要因はほとんどなくなってしまう。

起業が盛んになるには、法律で知的財産を保護する必要がある。特許権、著作権、および商標権によってイノベーションが法的に保護されない場合には、起業家が新たな製品やビジネス方法の発明に必要なリスクを冒すとは考えにくい。世界銀行の報告書「Doing Business 2007: How to Reform(2007年のビジネス環境――改革の手段)」によると、裁判所が効率的に機能している環境では新しい技術がより迅速に採用されているという。「それは、イノベーションの大半は新しい企業で起こり、こうした新しい企業は大企業と違って、裁判以外の手段で紛争を解決する力を持たないからである」

ビジネス文化の創造 政府は、個人のビジネススキルの習得を容易にし、起業家や小規模企業の経営者を尊重することによって、民間事業を重視する姿勢を示すこともできる。政策立案者には以下のような施策も可能である。

  • ビジネスインキュベーター(起業支援組織・制度)の設立に金銭的動機を提供する。ビジネスインキュベーターは通常、事業を始めるための低価格のオフィススペースや、ほとんどの新しい企業の予算では入手できないようなサービス(コピー機、ファックスなど)を新しい企業に提供する。こうしたインキュベーターの多くは大学と提携しており、大学教授が専門知識を提供する場合もある。
  • 情報を提供する。例えば米国では、SBAが各地に事務所を持っており、さまざまな出版物を広く提供している。SBAの「Small Business Answer Desk(中小企業問い合わせデスク)」(電話800-827-5722)とウェブサイト(www.sba.gov)では、ビジネス全般に関する質問に答えている。またインターネットが利用できれば、誰でもSBAのオンラインビジネス指導コースを受講できる。
  • 起業家や実業家の社会的地位を向上させる。政府が起業家をたたえるために地域あるいは全国的表彰制度を設立したり、関連する委員会やパネルへの参加を財界指導者に要請することもできる。

ジャンヌ・ホールデン

旧米国広報・文化交流庁(USIA)で17年間の勤務経験がある経済専門のフリーランスライター