「仮想現実 (VR)」と言えば、ゲームセンターやゲームショーなどで風変わりな形のヘッドセットを着用し、宇宙空間を飛び回って宇宙人に向かって銃を撃つような、多次元空間を舞台とするビデオゲームをプレーする人を想像すると思います。ハイテク・マニアの中には、既にこのようなヘッドセットを持ち、自宅のリビングでVRゲームに没頭している人がいるかもしれません。しかし、VRが持つ潜在的な用途に目を向けると、ビデオゲームは氷山の一角にすぎません。オウルケミー・ラボ社のCEO、アレックス・シュワルツ氏は、VRを「コンピューターの活用と人と人とのコミュニケーションの形の最先端領域」と言います。

オウルケミー・ラボ(本社:テキサス州オースティン)は、今年Googleが買収したことで注目を集めたビデオゲーム開発企業です。最初はユーモラスなゲームを制作していましたが、経営陣がヘッドセットの試作品デモ会に招待されたことをきっかけに、VRの世界に飛び込みました。

「試作品を見たときに、ここにこそ未来があると確信しました」。アメリカン・ビューとのインタビューで、シュワルツ氏はこのように語りました。「私たちは、持てるあらゆるリソース、時間をVRに賭けたいと思いました。これをコンピューターの未来、そしてあらゆる産業の未来に生かすにはどうすればいいかを真剣に考えていたからです」

アレックス・シュワルツ氏

この最先端技術から着想を得たオウルケミー・ラボ社は、VRゲーム「Job Simulator」を開発、数々の賞を受賞しました。このゲームの概念は驚くほど単純です。舞台は2050年。これまで人間がやっていたあらゆる仕事を、ロボットがこなしています。プレーヤーは、2050年には既に廃れてなくなってしまっており、その時代の人々にとっては目新しい仕事をするとはどのようなものかを体験します。

「Job Simulatorのテーマは、いたって単純」とシュワルツ氏は説明します。「VRでは、自分が全く知らない世界に行けるのであれば、宇宙船に乗る、火星を散歩する、海底まで潜る、空を飛ぶ、といった夢のようなことをすると思うでしょう。でも実際は、自分の手を使って物を操作する、拾ってみる、投げつけてみるといった単純な動作に、楽しいさや面白さがたくさん潜んでいることがわかります。オフィスでホチキスを拾い、それを上司に投げつけてもいいし、レストランのシェフになって、冷蔵庫の中にある卵を全て取り出し、床にたたきつけることだってできます」

VRゲーム「Job Simulator」のキッチンでのワンシーン

ほとんどのVRゲームでは、プレーヤーは未来の世界に足を踏み入れ、見たことのないような光景や音、感覚を経験します。しかし、Job Simulatorの概念はこれとは正反対です。このゲームでは、プレーヤーは現実世界でやっている日常的な動作を行ないます。VRから無駄を削り取り基本的な動きだけにすることで、この技術の将来的な活用法が垣間見えます。この意味において、実に大胆な試みといえます。

「Job Simulator」のオフィスのシーン

Job Simulatorは表面的には単純に見えるかもしれません。しかし、開発の視点から見ると非常に複雑であると、シュワルツ氏は指摘します。「手で拾った物の重さを感じ、バーチャルな世界を理解して、動き回る。これをユーザーに伝えるため、人の心理の詳細を徹底的に調べ上げるのに膨大な時間を費やしました」

このような細部にこだわった開発には、高度の技術力と粘り強さが必要なのは言うまでもありません。ビデオゲーム開発者になろうとしたきっかけを聞くと、シュワルツ氏は次のように答えました。

「若い頃、コンピューターで何かしたいと考えていました。しかし、どこに、どのように生かせばいいかわかりませんでした。そこで、ゲーム開発の学位を取得できる大学がアメリカにないか探すことにしたのですが、こうした学位は2005年当時はまだ新しく、取得できる大学はほとんどありませんでした。ゲーム開発学部のある草分け的な大学のなかにウースター工科大学があり、そこで勉強してみることにしました。今では、主な大学の多くが、ゲーム関連のプログラムを提供するようになりました。しかし、この世界に入るために本当に必要なことは、学校以外で実力をつけることです。ゲーム業界は競争が熾烈(しれつ)ですから」

シュワルツ氏は、アメリカ大使館主催の講演会で、ビデオゲーム開発ベンチャーを立ち上げ、成功させるコツについて、次のように語りました。「弊社は、世界屈指のVRコンテンツ制作会社だとみなされています。我々の作品が数々の賞を受賞する幸運にも恵まれましたが、スタートは順風満帆だったわけではありません。ゲーム開発会社として何度も資金難を経験しました」。ベンチャー立ち上げを経験した先輩起業家たちからアドバイスを受けることや、設立間もない頃にアルバイトや契約社員をしながら資金を稼ぎ、すぐに成果を上げられない場合に備えることの重要性も訴えました。

講演会では、エンハンス・ゲームズ社のCEO、水口哲也氏も登壇しました。数々のヒット作品を生み出だしたVRゲーム・クリエーターでもある水口氏は、VR開発を巡るビジネス環境の最近の変化について、次のように説明してくれました。

「資金調達も本当にバリエーションが生まれてきたし、クラウドファンディングとか、いろいろなファンドの人たちもVR とか拡張現実(AR)の未来の夢を持っている人もいるし、とてもいいタイミングだと思います。今までは本当に制約ばかり、あきらめることばかりでした。やっとそういう自縛とか制約から抜け出て、本当にイマジネーションのとおりにものが作れるという時代になりました」

水口氏の最新作は、全身装着型ゲーム用スーツ「シナスタジアスーツ」です。このスーツは、VRゲーム「Rez Infinite」用に開発され、耳で聞くだけでなく、目や体全体を使って音を感じ、「共感覚」を味わうことができます。プレーヤーは、音楽が流れると、スーツを通して振動を感じます。同時に、宇宙空間を飛び回りながら敵を撃ち落していくと、その動きに呼応してスーツが光る仕組みになっています。水口氏は、ビデオゲームはかつてスクリーンといった閉鎖的な空間の中に閉じ込められていたが、VRによりこの制約から解放されつつあり、ゲーム開発者が3次元や360度の世界で想像したとおりに作品をデザインできるようになっていると説明します。

シュワルツ氏、水口氏が異口同音に言うのは、VRには時間や空間といった制約から私たちを解き放ち、私たちの生活をよりよいものに変えていく可能性があることです。VR技術はゲームだけに活用されているのではなく、既に教育、設計、小売り、医療といった分野でも応用されつつあります。VR技術を使うと、仮想世界の中でも、何をどうすればいいか教えてもらうことなく、現実世界でのように無意識に動くことができます。

2017年5月11日に開催されたアメリカ大使館主催の講演会でVRの未来について話すアレックス・シュワルツ(左)、ジョン・デービス(中央)、水口哲也の各氏

「普通、新しい技術を売り込むには、その技術の有用性を説く必要があります」と、シュワルツ氏は説明します。「なぜその技術が重要かをアピールしないといけません。しかし、VRでは、VRをいったん体験してもらうと、これと逆のことが起きます。VRが医療の未来を変え、仮想シートを患者の体の上に投影した治療方法などを人々が語り始めるのです。このような考えは、VRを体験した人の心に自然に生まれるものです。ですから、VRがあらゆるものを変えていくことを示す、よい指標になっていると思います。VRが私たちの生活に役立つことを、誰かに説明してもらう必要はありません。それは一目瞭然であり、直感的に感じることができます。私たちが常に求めてきたことです」