スティーブン・アッシャー

映画監督が映画用に奇抜な新しいタイプの映像を作るために初めてデジタル技術を使ったのは、1980年代のことだった。それ以来、映画に使 われる機器はますます高度化し、映画の製作、マーケティング、配給のデジタル化が可能となった。スティーブン・アッシャーは、「ソー・マッチ・ソー・ ファースト(So Much So Fast)」(2006 年)やアカデミー賞にノミネートされた「トラブルサム・クリーク:ミッドウェスタン(Troublesome Creek: A Midwestern)」(1996年)など、長編ドキュメンタリーを手がける映画監督である。ベストセラー本「映画監督用ハンドブック:デジタル時代の ための総合ガイド(The Filmmaker’s Handbook: A Comprehensive Guide for the Digital Age)」の著者でもある。

映画の歴史では、新たな技術の出現がすべてを変える決定的瞬間が何度かあった。1927 年に製作された初のトーキー映画「ジャズ・シンガー(The Jazz Singer)」が、映画における「音の時代」の幕開けを告げた。無声映画のスターは廃れ、新しいタイプのスターやストーリーに人気が集まるようになり、 映画の脚本の書き方、撮り方、見せ方が変化した。 今日、デジタル技術は、これよりもさらに重大な、全世界を揺るがせる革命をけん引している。こうした変 化がいかに大きな影響を及ぼしてきたかは、インターネット時代に育った若者たちは知る由もない。映画は、いや、あらゆるメデイアががらっと変わるだろう。

デジタル化の技術的な意味は、映像と音声を、コンピューターで保管、操作、送信することができるデジタルデータ(1と0)に変換することである。デジタル形式にすることで多くの可能性が開けてくる。

新しい現実

映画界にデジタル化の時代が到来したのは1980 年代だが、その勢いを増したのは1990 年頃であった。当初から、デジタル技術は新しいタイプの映像を創り出すために使われた。映画監督のジョージ・ルーカスの会社であるインダストリアル・ライ ト・アンド・マジック社は、とてつもなく空想的な宇宙の物語を驚くほど現実的に見せる、見事な視覚効果の先駆けとなった。現在私たちは、「フォトショッ プ」のようなソフトウェアを使って、例えば人物を削除したり建物を追加するなど、写真をデジタル処理して修整することができる。それによって、写真に映し た現実に対する私たちの基本的理解が一変した。デジタル時代においては、「写真は嘘をつかない」とか「百聞は一見にしかず」という言葉が真実ではないこと は明らかだ。デジタル編集システムは、非常に短いショットの利用、画面上を飛び交うコンピューターグラフィックス、別の物体へ切れ目なく変形(変身)する 物体など、新たな映画製作スタイルや技術の確立に役立った。今日のテレビコマーシャルのほとんどは、デジタル機器を使わずに同じように見せることが不可能 である。

1990 年代には、素人でもあまりお金をかけずに非常に良質のビデオを撮影・編集できるデジタルビデオと、今ではおなじみのミニ・デジタルビデオ・カメラが急増し た。 独立系の映画監督がデジタルビデオ・カメラを使って映画を製作するようになり、こうした映画が突然、テレビや権威ある映画祭で上映されるようになった。従 来のハリウッド式映画製作では、多数のスタッフが大型35 ミリフィルムカメラを使って撮影が行われる。 デジタルビデオの画質は35 ミリには及ばないが、それでも十分な高品質で、価格も安価なので、以前は不可能あるいは途方もなく高価だったさまざまなフィクションやドキュメンタリーの プロジェクトも、デジタルビデオで製作することができる。

デジタルビデオの人気が高まったように、インターネットの利用も増加した。ハリウッドは当初、インターネットをどう利用すればよいのか分からな かった。1999 年に小型ビデオカメラで撮影された低予算のスリラー映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト(The Blair Witch Project)」は、インターネットのマーケティング力をうまく利用した最初の映画とされている。プロデューサーたちが、映画で描く恐怖が事実であるこ とをインターネット上でほのめかして、大きな議論を引き起こしたため、映画の世界総売上高は2億4800 万ドルに上った。今日では、ウェブサイト、ブログ、オンライン批評、マイスペース・ドットコムなどのサイト上での意見交換は、新作映画の「話題性」を高め るための不可欠な要素となっている。

インターネットによって、新しい映画の製作と配給方法が可能になった。映画の大半は、映画スタジオ、テレビ放送局、あるいは大手配給会社などの大 企業によって製作・配給されている。しかし、インターネットのおかげで、特定の観客向けに映画を製作し、DVD(デジタル・ビデオ・ディスク)を彼らに直 接販売することが可能になった。これにより、万人受けしないことを理由に、プロジェクトを拒否することが予想される管理者を通さずにすむ。配給の専門家で あるピーター・ブローデリックは、高校のレスリングを描いたドラマ「リバーサル(Reversal)」は、劇場やテレビで一度も上映されたことはなく、ビ デオショップでも扱っていないが、インターネット上でのDVDと関連商品の売り上げは100 万ドルを超えたと言う。クリス・アンダーソンは、著書「The Long Tail: Why the Future of Business Is Selling Less of More (邦題:ロングテール - 売れない商品を宝の山に変える新戦略)」の中で、インターネットのおかげで、プロデューサーと配給会社が、通常の小売店では販売数が少なくて扱うことがで きない作品で、ニッチの観客を狙うことが可能になった事情を説明している。DVDなどの物理的な商品を販売・レンタルするシステムから、電子ファイルをダ ウンロードするシステムへの移行が進むにつれて、販売数が少なく、ユニークなタイプの作品を製作して利益を上げる能力が高まる。

デジタル配信

一方、最近のハイビジョンテレビ(HDTV) の進歩は、画質・音質に飛躍的な改善をもたらした。最近、電器店に行ったことがあれば、新型フラットパネルの画面がいかに鮮明で、色鮮やかで、巨大かを 知っているだろう。デジタル映像の各フレームは、ピクセルと呼ばれる細かな光の点で構成されている。ピクセル数が多ければ多いほど、特に大画面で映し出す 場合には、画像の鮮明さと質が高まる。従来型の標準画質映像の場合、各フレームに約34 万5000 個のピクセルが使われる。最高のハイビジョンシステムでは、その数は約200 万個である。美しく撮影された大画面の映画をハイビジョンで見てしまうと、もう旧式の標準画質で見たいと思わなくなるだろう。

photo of star wars

photo of star wars ©AP Images

ハイビジョンは、ハリウッド映画とテレビ番組を一変させた(これもまた、ジョージ・ルーカスが開発したカメラ技術を使っている)。以前はフィルム で撮影されていたプロジェクトの多くは、現在では、時間と費用を節約するためにハイビジョンで撮影される。今では、品質も向上しているため、通常観客がそ の違いに気付くことはない。現在のほとんどすべての映画は、製作段階のどこかでデジタル処理されている。

デジタル技術を劇場にまで持ち込もうとする映画スタジオのグループが、「デジタルシネマ・イニシアチブ」を設立した。現在、映画館に行くと、おそ らくフィルムを使った映写機で映し出される映画を見ることになる。新しい「4K」デジタルプロジェクターは、900 万個近くのピクセルを使用し、決して傷ついたり汚れたりしない素晴らしい画像を生み出す。映画館は、この高価な機器への投資に抵抗してきたが、スタジオに してみれば、重い上映用フィルムの製作や出荷を行わないことで何百万ドルも節約できるため、最終的には彼らが機器の費用を援助することもありうる。しか し、ハリウッドは、新作映画がデジタル形式で公開されると、海賊版が作られるのではないかと恐れている。海賊版の作成は深刻な問題である。先ごろジェーム ス・ボンド映画の最新作が外国の映画館で上映されたとき、DVDの海賊版がすでに路上で売られていた。

photo of Steve Jobs walking in front of screent

photo of Steve Jobs walking in front of screent ©AP Images

しかし、劇場がデジタル時代への態勢を整えているように、消費者が映画を鑑賞する選択肢も、居間ではフラットパネル大画面、机では小さなコン ピューター画面、外出先ではiPod や携帯電話の極小画面というように、爆発的に増えている。デジタルテレビは、すでに新しいハイビジョンチャンネルや標準画質チャンネルを持つものが販売さ れており、米国では2009 年2月17 日に、従来のアナログ方式テレビからデジタルテレビへの完全な切り替えが行なわれる。ビデオ・オン・デマンド、ダウンロード、TiVO、ウェブキャストに よって、ほとんどすべてのものを、いつでもどこでも見られるようになるのは、もう間もなくのことだ。これで、映画館に行って、笑ったり泣いたりするほかの 観客に囲まれながら映画を見るという、世界中に広まった素晴らしい伝統が終わるのだろうか。

またしても、先駆者としてのジョージ・ルーカスに期待がかかっている。映画の劇場公開は極めてリスクが高く費用もかかるため、スタジオは超大作志 向とならざるを得ず、できるだけ幅広い観客に受け入れられる作品(あるいは、見方によっては大衆向け作品)を製作する。それでも、ほとんどの映画が映画館 で損失を出している。おそらく誰よりも多くの超大作を手がけたルーカスは、デイリー・バラエティー紙に「もう映画は作りたくない。テレビをやろうとしてい るところだ」と語った。映画1本の製作には1億ドルと、映画館への配給にさらに1億ドルかかるが、テレビとインターネット上での配信用であれば、同じ費用 をかけて50 本から60 本の映画を製作できる、と彼は言う。観客が映画館に足を運ぶことについては、将来的には「習慣ではなくなると思う」とルーカスは言う。

デジタル技術は、基本的にはフィルムを1と0の連続に変換する方法にすぎないと考えると、この技術が映画の製作方法、ストーリー、鑑賞する場所、製作費用、観客を大きく変えたことは、ショックであり驚きでもある。さらなる技術的進歩に備えよう。

※ 本稿は、eJournal USA 2007 年6 月号に掲載の"The Digital Revolution" の仮訳です。原文はウエブサイトでご覧になれます。