ドロシー・エスペラージュ 1997年にインディアナ大学でカウンセリング心理学の博士号を取得。いじめと青少年の攻撃性、青年期および若年成人の摂食障害、慢性疾患をわずらう子どもを持つ家族の心理社会的適応など、健康に関連した行動に関する研究がある。

ドロシー・エスペラージュ 1997年にインディアナ大学でカウンセリング心理学の博士号を取得。いじめと青少年の攻撃性、青年期および若年成人の摂食障害、慢性疾患をわずらう子どもを持つ家族の心理社会的適応など、健康に関連した行動に関する研究がある。

学校でのいじめは、日米共通の大きな社会問題となっています。両国がそれぞれいじめを防止する方法を模索する中、米国国務省の招きで2月に米国の いじめ問題の専門家ドロシー・エスペラージュ博士が、日本と韓国でこの問題の現状と解決策について講演しました。今回は、エスペラージュ博士とのインタ ビューを掲載します。

問:いじめの研究に興味を持った経緯を聞かせてください。

答:私自身がいじめにあった、あるいはいじめっ子だったというような興味深い裏話を聞きたがる人が多いのですが、実はそんな裏話は何 もないのです。私は勉強が好きで、運動にも熱心だったので、学術的にいえば「リエゾン(調整係)」、つまり異なる仲間集団の間に入って折り合いをつけるこ とができる立場にありました。父が海軍に入っていたため引っ越しが多く、私はいつもクラスの新顔で、すでにできあがっていた仲間集団に属していませんでし た。そのため、リーダー格の子どもに歯向かってもあまり失うものがなかったので、気がつくといじめられている子どもたちの肩を持っていました。

それはそれとして、インディアナ大学で児童心理学を勉強したときに、若者の暴力全般に興味を持つようになりました。そして、連邦政府から資金提供 を受けたプロジェクトの研究職に就いたのですが、ある時「いじめ」という、密かに行われる陰湿で低レベルの攻撃について論じた、ノルウェーの大学教授の論 文に出合いました。当時このようなレベルの暴力行為はあまり一般的ではなく、私たちのプロジェクトで開発した、深刻な身体的攻撃に介入するマルチメディ ア・ツールはあまり効果がありませんでしたが、介入グループに参加した子どもたちによるいじめの確率が下がったという意味では、プラスの効果が見られまし た。

そこから研究が始まりました。欧州のデータが米国の事情にも適用できるか確信がなかったので、子どもの面接調査を始めたところ、彼らは人に好かれ たい、また周囲に溶け込みたいがためにお互いをいじめている、と話し始めたのです。同席していた大学院生の助手に「今の話、聞いた?」と尋ねたのを今でも 憶えています。なぜそんなことを言ったかというと、このような動機でのいじめはこの分野の従来の文献では確認されておらず、攻撃的な子どもは遊び仲間のつ まはじきにされるというのが定説だったからです。

問:子どもがいじめに走る理由は何だと思いますか。

答: いじめられた側の身になって考えることができない、怒りをコントロールできない、物事に的確に対処できない、感情を抑える能力に劣る、大人との愛情関係が 築かれていないなど、個人の性格特性が原因で、子どもがいじめの危険にさらされる、つまり子どもに何か問題があるためにいじめに走ると考える傾向にありま す。しかしこれは誤りです。今述べたような特性によって生まれるリスクは、ごくわずかです。問題が起こるのは、家庭内暴力を目にしているなど、子どもが暴 力的な環境に置かれている場合や、家庭で感情について話し合うことがなく、感情を抑えて問題を解決する術を教えられていない場合、さらにいじめについての 規範がない学校に通っている場合です。教師が互いをいじめ合い、先生が生徒をいじめ、校長が教師をいじめる。つまり、いじめという行為のお手本が学校にあ る場合です。

いじめを生む社会的要因のうち最も影響が大きい因子は、仲間集団の中で生まれ維持されます。いじめを行う子どもというのは非常に人気があり、これ は世界共通です。いじめっ子は運動選手として最も尊敬されていたり、社交的であることが多いので、人に好かれるわけです。そしてこうした性格特性を生かし て、ほかの子どもをうまく自分に従わせます。子どものころ、母親に「お前に悪い影響を及ぼすから、あの子とは付き合ってほしくないのよ」と言われた覚えは ありませんか。これは一理あるのです。子どもたちはいじめ、ずる休み、麻薬や飲酒、セックスなどを通して友達付き合いをするのです。

同時に、いじめという行為によって、仲間集団内で自然に序列が確立される、という側面があります。ここで進化心理学を論じるつもりはありませんが、霊長類モデルが典型です。霊長類の集団内での攻撃的行為は、人間の中学生の集団内での攻撃的行為と酷似しているのです。

問:いじめはかつて、あって当たり前のこと、通過儀礼、あるいは子どもが耐えることを学ばねばならないことである、という見方が一般的だったと思います。そういった態度は変わってきていますか。

答:私はさまざまな国で講演してきましたが、日本の聴衆も、中東や米国の聴衆も、あまり差はありません。どの国でも「(いじめを)深 刻に受け止め過ぎではありませんか。単に大人になる過程の一部ではありませんか」と聞かれます。聴衆の多くはそう思っているので、誰かが手を上げてこの質 問をしてくれるのはありがたいことです。私の反論としては、いじめは薬物使用や飲酒と同じです。これらの習慣も青年期にはよく見られますが、こうした問題 については、私たちは真剣に取り組み、予防努力をしています。いじめは慢性的に被害にあっている子どもには深刻で長期的な影響を及ぼしますし、世界中どこ でも、慢性的にいじめを行う子どもは将来犯罪にかかわる危険性がきわめて高いのです。15年間この分野の研究をしてきた私の考えでは、いじめは個人間の問 題としてだけではなく、社会的問題としてとらえるべきです。いじめっ子は将来、性的嫌がらせや、交際相手や配偶者への暴力、職場でのいじめなどに走る危険 があるからです。人を自分の言いなりにし、威圧したいといういじめっ子の欲求は、高校を卒業したからなくなるというわけではないのです。

問:ではどうすればこの悪循環を断てるのでしょうか。

子どもにいじめを分かりやすく説明するアニメ(「Stop Bullying Now」運動のウェブサイトより)

子どもにいじめを分かりやすく説明するアニメ(「Stop Bullying Now」運動のウェブサイトより)

答:米国では、学校、放課後の児童・生徒向けプログラム、宗教団体、ガールスカウトやボーイスカウトなど、あらゆる場でいじめ防止に 努めることを提唱しています。また、子どもの定期検診を行う小児科医とも協力します。例えば、恒常的に腹痛を訴える子どもがいる場合、小児科医は、その子 がいじめの被害に遭っているかどうかを聞きだすことができなければいけません。学校へ行って不安な思いをしたくないために、仮病を使っている可能性がある からです。小児科医がきちんと訓練を受けていれば、このような問題を見抜くことができます。新たな技術や電子メールを用いたいじめが議論されています。こ の種のいじめも確かに起きていますが、いじめが最もひんぱんに起きるのは今でも学校です。従って、子どもの発達過程に合ったいじめ防止策を、学校で全校挙 げて取るべきなのです。

私は種々のプログラムや、専門家、関係者との議論を通じて、発想の転換が必要であることを日本の聴衆に訴えてきました。現在日本では、いじめ防止 は担任の教師に任せたいと考えているようです。けれども、私の見たところでは、教師はすでに35人から40人もの児童・生徒を受け持って手一杯の状況にあ り、また大学で基本的な学級運営についての教育を受けていません。彼らは自己防衛意識が過剰で、学級で何か問題があると自分が至らないためだと受け止める 傾向があります。教師を訓練することは大切ですが、教師だけでできることには限りがあります。日本のシステムに欠如しているのは、校内に何らかのメンタル ヘルスの専門家を置くことです。「スクールカウンセラー」と呼ばれる人たちはいますが、せいぜい週末の2日間訓練を受ける程度で、ソーシャルワーカーのよ うなメンタルヘルスの専門家を訓練して学校に配属する制度は日本にはありません。そこを変える必要があると思います。いじめの問題にあらゆる角度から取り 組み、誰もが一定の役割を担うことが必要です。

私は日本の聴衆に、国家規模での投資が必要だと言っています。経済力と知識を持った人は誰でも、この問題に自らが持つ資源を投じなければなりませ ん。そうしなければ、いじめを防止する努力を持続させることができません。日本ではインフラが整っていないため、そうでなくても多忙な教師にいじめ防止ま で任せようとするのは無理があります。

「Stop Bullying Now」は、ブッシュ大統領が提唱して2003年に始まった全米規模のいじめ防止運動です

「Stop Bullying Now」は、ブッシュ大統領が提唱して2003年に始まった全米規模のいじめ防止運動です

問:「Stop Bullying Now(今すぐいじめをなくそう)」運動とはどのようなものですか。

答:ブッシュ大統領が2003年に保健福祉省(HHS)への指示という形で署名した全米規模の運動です。ウェブサイトは www.stopbullyingnow.org です。このサイトは専門家の文献を集めた情報センターになっており、学校関係者が児童・生徒や保護者の教育のために資料をダウンロードできます。保護者が この問題について子どもと直接話し合うために、このサイトを使っているという話も聞きます。またこのサイト上の「ウェビソード(ウェブとエピソードの合成 語)」は、いくつもの子どものフォーカスグループが個々の経験に基づいてさまざまなアイデアを出し合ってつくったものです。ハリウッドの映画監督も数人関 与しましたが、内容は科学的根拠に基づいています。

米国では、現在23州が何らかの形でいじめ対策を設けていますが、こうした州は一般的に、子どもの自殺事件が起きた州です。多くの州では、いじめが問題があることを示唆するような惨事が起こっていないため、いじめに対する取り組みがなされていません。

問:子どもたちはさまざまな通信手段を使うことができるため、いわゆるネットいじめが発生し、これに対する懸念が出ています。現状はどうなっていますか。

クラスの人気者が中心になっていじめを行うエピソードを紹介するアニメ(「Stop Bullying Now」運動のウェブサイトより)

クラスの人気者が中心になっていじめを行うエピソードを紹介するアニメ(「Stop Bullying Now」運動のウェブサイトより)

答:ネットいじめについては、米国でも日本でも課題が山積しています。私の調査では、7年ほど前からこうした傾向についての質問項目 を入れています。米国では、この問題の対策をすでに打ち出しています。例えば、登校時に子どもたちに携帯電話を学校に預けさせることは、非常に簡単な解決 法です。日本でこれをやっているという話は私は聞いたことがありませんが、学校での携帯電話の所持が許されていれば、子どもたちは1日中携帯電話でメール を送り合うことができます。米国では、学校を新築する際には校舎の一部で携帯電話が通じないように設計していますし、学校でのパソコン使用も監視されてい ます。授業中に児童・生徒が、教師やほかの児童・生徒について不適切なブログ投稿をする必要などないわけですから。ですが子どもたちは非常に賢く、いわゆ る裏サイトも多数ありますから、学校側も事情に精通していないとこうしたサイトにたどり着くことができないわけです。私たちは、保護者向けのコンピュー ターの技能・技術教育に多くの時間を費やしています。保護者の皆さんには自分の子どもがソーシャルネットワーキング・サイトで使っているパスワードを入手 して、どんな投稿をしているのか確かめるようお勧めします。子ども部屋にはパソコンを置かせないようにするなど、簡単な解決法はほかにもあります。私たち は、マイスペースやフェースブックなどのソーシャルネットワーキング・サイトの最高経営責任者と緊密に協力して、不健全なウェブサイトの削除の仕方を理解 し始めたところです。投稿の内容については非常に懸念を持っていますが、言論の自由の問題もあり、どこまで許されるのか、判断が難しいところです。

問:国際協力が可能なのはどのような分野でしょうか。

答:学校でのカウンセリングや学校心理学教育の分野での大学院生の教育で、協調する必要があります。台湾や香港、中南米諸国などで専 門家の育成を行うなど、米国では多数の大学が従来から、他国で合同プログラムを主催しています。米国の大学が日本や韓国の大学と提携して修士課程プログラ ムを立ち上げることもひとつの方法だと思います。修士号を取得して学校で働きたいという若者は、どちらの国にも大勢います。いじめの研究の世界は国際的に もまだ非常に狭く、米国ではたいへん革新的な研究が進められていますから、対話を始める機会は数多くあると考えます。

問:いじめ問題への取り組みがなされない場合の主な社会的デメリット、またいじめが防止された場合の主な社会的メリットは何でしょうか。

答:いじめ問題が放置されれば家庭内暴力や交際相手への暴力、性的暴行の発生率はさらに上昇するでしょう。また子どもの自殺が続き、 教師のストレスは高まり、メンタルヘルスの面で懸念があると訴え続けるでしょう。反面、いじめを防止できれば、子どもたちの安心感が増して登校拒否は減 り、殻に閉じこもっていた子どもたちも外に出てくるかもしれません。教師のストレスも減るでしょう。いじめのない安全な学校に通う児童・生徒の薬物使用率 は低い傾向があり、教師の満足度は高く、保護者の満足度も高いのが普通です。いじめ対策が取られれば、最終的には児童・生徒の学業成績は上がることが分 かっており、日米両政府もそれを望んでいるわけです。ですからいじめはそれだけが別個に起きていると見るのではなく、学校で起きているほかの問題と密接に 関連しているというとらえ方をする必要があると思います。