2017年5月22日、アメリカンセンターJapanにおいて、映画上映・トークイベントが開催されました。これは、南カリフォルニア大学と国務省が共同で運営し、米国内外の賞を受賞した独立系のフィクションやドキュメンタリー映画を紹介するプロジェクト「アメリカン・フィルム・ショーケース」(AFS)の一環で行われたイベントです。

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(Blue Sun Pictures, LLC)

今回上映した映画はアンソニー・ルセロ氏脚本・監督の「イーストサイド・寿司」。メキシコ移民のシングルマザー、フォアナが文化や伝統の壁を乗り越え、すし職人を目指して奮闘する映画です。ルセロ監督は、カリフォルニア州オークランド生まれ。サンフランシスコ州立大学映画学科を卒業後、「スターウォーズ」「パイレーツ・オブ・カリビアン」「ハリー・ポッター」など超大作映画の特殊効果を担当しました。上映後のトークイベントでは、ルセロ監督ら3人のパネリストが、映画の内容や映画製作の苦労話などについて活発に意見交換し、映画を見た参加者からの質問に答えました。

映画「イーストサイド・寿司」は、フルーツの移動販売で生計を立てる主人公フォアナが、強盗に遭ったことをきっかけに移動販売の仕事をやめ、日本食レストランで働き始めるところから始まります。最初はキッチンで皿洗いや下ごしらえを担当していましたが、料理人としての腕を見込まれ、和食の調理や、最終的にはすし作りまで任せられるようになります。次第にすし職人になるという夢を膨らませるフォアナでしたが、アジア系でなくメキシコ系、男性でなく女性であるという人種とジェンダーの2つの壁が立ちはだかります。それでも夢を諦めきれないフォアナは一人で努力を続け、すし職人コンテストで準優勝します。

この映画を製作したきっかけについて、ルセロ監督はアメリカン・ビューとのインタビューで、レストランのキッチンで縁の下の力持ちとして働いているラテン系の移民にスポットライトを当てたかったからだ、と語りました。監督のこの思いは、すし職人になるチャンスさえ与えられない主人公フォアナのこのせりふに表れています。「どんな名店も、ラテン系のスタッフが支えている。調理場で、人目につかず、料理を作り、裏方として頑張っている」。当初、主人公は男性にするつもりでしたが、ラテン系の女性が、アジア系男性以外には門戸が閉ざされているすし職人を目指す物語にすれば、文化とジェンダーという2つの面での「衝突」を描けると考えたそうです。

Lucero interview

アメリカン・ビューのインタビューに答えるルセロ監督

2つの障害に直面するフォアナを主人公にしたこの映画で伝えたかったことは、「困難を克服し、やりぬくことの大切さ」だと、ルセロ監督は言います。困難を克服するにはどうすればいいかと尋ねると、「自分自身に“No”と言わないこと」という答えが返ってきました。実はこの映画の製作にあたり、監督自身も困難に直面しました。まず、必要な資金が集まりませんでした。すし職人になろうとするメキシコ系の女性の映画がヒットするとは誰も考えなかったからで、結局、監督が私財を投じることになりました。また著名な俳優が出演していなかったため、数々の賞を受賞したにもかかわらず、映画の配給会社がなかなか決まりませんでした。アメリカの衛星・ケーブルテレビ局HBOによる放送権獲得をきっかけに、ソニーやサミュエル・ゴールドウィン・フィルムが配給権を取得したのですが、それまで非常に時間がかかりました。この間、ルセロ監督は自分を信じ、自分が書いた脚本を信じて、自分が本当にやりたいことをやり続けていたのです。

ルセロ監督は15年間、巨額の製作費を使う超大作映画の特殊効果の仕事に携わり、昼夜を問わず賢明に働いてきました。しかし、出来上がった作品の大半は、彼にとって満足のいくものではなかったそうです。何度も失望し、不満を言っていましたが、ある時こう思ったそうです。「不平を言うのをやめて、自分でいい映画を作ろう」。そして彼は、大きな会社での安定した職を捨て、脚本家・監督の道を選びました。「これこそ私がやりたかったことで、私にとって(安定した職よりも)重要だった」とルセロ監督は言います。

こうしたルセロ監督の信条は「イーストサイド・寿司」の主人公フォアナの行動と重なります。レストランのオーナーからすし職人として雇うことを拒否されたフォアナは、「私だってチャンスが欲しい。その権利は十分にある」と言って、安定した収入が約束されていたにもかかわらず、店を辞めてしまいます。自分に“No”と言わなかったのです。そして自分だけの力ですし職人コンテストを勝ち抜きます。

「将来映画製作に携わりたいと考える日本の若者に何かアドバイスはありますか」という質問に対し、ルセロ監督は次のように答えてくれました。「自分が知っていることをテーマにしろとよく言われますが、私は自分が知らないことを題材に脚本を書きます。今回の映画では、すし職人やシングルマザーなど、私が十分に理解しているとはいえない登場人物について書きました。これは書くというプロセスであると同時に、(知らないことを)リサーチをするプロセスでもあります。でもその方が面白いのです。違った意味での文化の架け橋だと思いませんか? 例えば、イスラム教徒でない私がイスラム教徒について書くことは、私にとってイスラム文化を理解するということです。異なる文化を理解する素晴らしい方法です」

「イーストサイド・寿司」の製作現場

「イーストサイド・寿司」の製作現場。中央がルセロ監督 (Photo: Blue Sun Pictures, LLC)

ルセロ監督はこれまでに製作したどの映画でも、異なる文化の出会いを取り上げてきたそうです。彼が育ったオークランドや今住んでいるバークレーには、さまざまな文化圏の人々が暮らしており、「私にとっては、異なる文化を取り上げることが自然だったのです」。そして、今後製作する映画でも、何らかの形で文化の多様性を描いていくと抱負を語ってくれました。現在は新しいテレビシリーズの脚本に取り組んでいるそうです。ルセロ監督の「次の冒険」に期待しましょう。