村木真紀 特定非営利活動法人虹色ダイバーシティ代表、社会保険労務士

独身男性に向かって「◯◯さんはコッチの気があるんじゃないですか?」とからかったり、中性的な感じのお客さまについて「あの人って男?女?」とジロジロ見たり、日本の職場ではLGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスジェンダー)当事者が不快に思う言動がたくさんあります。差別的言動の多い職場は、そうでない職場と比べて、LGBT当事者の勤続意欲が低いというデータがあり、会社の生産性が下がってしまいます。企業のダイバーシティ経営の一環としてLGBTの従業員にも対応するのは、アメリカの大手企業ではすでに一般化しています。

私たちは、こうした考えを日本でも広げるため、LGBT支援を意味する「虹色」と「ダイバーシティ」を合わせて、虹色ダイバーシティという特定非営利活動法人(NPO)をつくりました。性的マイノリティーも働きやすい職場づくり、生きやすい社会づくりをミッションに掲げて、調査研究、企業向けの講演やコンサルティングといった活動をしています。

2015年7月、アメリカ国務省のインターナショナル・ビジター・リーダーシップ(IVL)プログラムの参加者に選出され、3週間かけてアメリカ5都市(ワシントンDC、マイアミ、バーミンガム、フェニックス、ロサンゼルス)のLGBT支援団体を訪問しました。ちょうど6月に歴史的な最高裁判所判決があり、アメリカ全土で同性婚が認められたところでした。この大ニュースは日本でも目にしており、アメリカではお祝いムードなのかなと思いきや、どの支援団体も「まだまだ、やるべきことはたくさんある」とのこと。結婚に関する権利が実現しただけで、職場などでの差別禁止は、まだ全州では実現していないのです。

ちなみに日本では、法律上の同性婚はできず、2016年9月時点では東京都渋谷区、世田谷区などの5つの自治体で同性パートナーシップの登録制度があるだけです。学校や職場での差別を禁止する法律もなく、LGBT当事者はメンタルヘルス系の疾患や自死のハイリスク層だと言われています。

男性用でも女性用でもない、あらゆるジェンダーに共通のトイレの表示

男性用でも女性用でもない、あらゆるジェンダーに共通のトイレの表示

フェニックスでは、反同性婚運動のキャンペーンで、「トランスジェンダー女性が、あなたの娘と一緒のトイレを使うのを許せますか?」というような映像を使っていたと伺い、ショックを受けました。トランスジェンダーのトイレ問題がアメリカ各州で争点になっているのは知っていましたが、同性婚に関する議論とトイレ問題は別の話だと思っていました。しかし、地方では、2つの問題が混同されていたのです。やはり実際に現地を訪問すると、情報量が違います。

帰国後の2015年12月に、トイレメーカーの株式会社LIXILと協力して、LGBTのトイレ問題に関するアンケート調査を実施しました。結果、特にトランスジェンダーで65%が学校、職場、公共のトイレを利用する際にストレスを感じていることが明らかになり、メディアでも大きく報道されました。現在、この調査をきっかけに、全日本空輸株式会社が空港ラウンジのトイレの表記を変更するなど、公共施設を管理する多くの企業がLGBT目線でのトイレ問題の解決に取り組み始めています。

LGBTの権利獲得の動きが進むと、必ず出てくるトイレ問題について、アメリカの実情を見たことで、私たちは先回りしてデータを集め、大企業を味方につけることができました。ひとりの当事者が組織の中でカミングアウトして権利獲得を要求すると、「(その人だけの)わがままではないか」と反発を受けやすい日本社会ですが、データの公表や、多くの人が目にする施設の変更は、比較的受け入れられやすいと感じています。

IVLプログラムの中で私が感激したのは、LGBTと職場の問題に関して大企業を巻き込んだ活動をしているワシントンDCの団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」と、LGBTに関して社会にインパクトを与えるデータを発表し続けているカリフォルニア大学ロサンゼルス校のシンクタンク「ウィリアム・インスティチュート」を訪問できたことです。実は、虹色ダイバーシティの活動は、これらの組織がホームページ等で公開している資料を参考にしています。日本での活動に多くの示唆を与えてくれたことについて、直接お礼を言うことができました。

ワシントンの団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」にて

ワシントンの団体「ヒューマン・ライツ・キャンペーン」にて。左から3人目が村木さん

もちろん、アメリカ社会で有効なやり方が、日本社会でもそのまま通用するわけではありません。例えば、アメリカの企業では、カミングアウトしているLGBT幹部リストを作成して、従業員に配布するなどの取り組みをしていますが、同様のことはまだ日本では難しいと思います。LGBTの社会における可視化の度合いが違う中で、何ができるでしょうか? 当事者が見えにくい、かつ、法律による強制力もない中で、施策を進めるにはどうしたらいいでしょうか?

私たちは、現在、日本企業でも取り入れやすい施策として、経営層のLGBT支援宣言とALLY(LGBTの理解者、支援者)を増やすキャンペーンを推奨しています。これは大きな成功を収めており、NTT、KDDI、ソニー、パナソニックなどの大手企業でも取り入れられました。

差別禁止や同性婚など、法律が先に整備されたのがヨーロッパ諸国です。アメリカは、連邦レベルの法律がない中で、州をまたいで活動する大企業の取り組みが進みました。法律より企業や自治体の動きが先行しているという点で、日本はアメリカに似ていると思います。

IVLプログラムではUCLAのシンクタンク「ウィリアム・インスティチュート」にも伺いました

IVLプログラムではUCLAのシンクタンク「ウィリアム・インスティチュート」にも伺いました

日本は、G7参加国で唯一、同性婚などの法律がない、LGBTの法的権利に関する後進国です。2020年の東京オリンピック、パラリンピックが、LGBTに関する権利獲得の大きな機会になると思います。「社会を変えるために、何が有効だと思いますか」と、アメリカ各地のアクティビストに問いかけたところ、驚くことに、彼らの答えは同じでした。「あなたの物語を、周囲の人に語ってください。それが社会を変える力になる。アメリカで同性婚ができるようになるなんて、自分も若い時には想像できなかった。日本でも、きっとできるよ!」

これを受けて、私たちは現在、「LGBTスピーカー・スキルアップ講座」を実施しています。これは講演経験が豊富なスピーカーのノウハウを、若手のLGBTアクティビストに伝えることと、彼らが地域で孤立しないよう自分自身を支えるネットワークづくりの支援をすることが目的です。講座参加者の笑顔に、私はアメリカで出会ったアクティビストたちを思い出します。私たちはハーヴェイ・ミルク(アメリカで初めて、ゲイであることを公言した後、選挙で公職に就いた人物)の言葉でつながっています。「彼ら(LGBTの若者たち)に希望を!」