はじめに
齊藤雄大さんは、北海道に障害者スポーツの拠点をつくることを目標に、アメリカに留学した。2017年8月から2018年8月までの1年間で、テキサス・アリゾナ・アラバマの3州に滞在し、大学でESLの授業を選択しながら、部活動や実習を通して障害者スポーツを学んだ。現在は、車椅子ソフトボール日本代表総監督の傍ら、札幌市内の専門学校の専任講師も務めている。
障害者スポーツに関心を持ったのは大学時代だった。齊藤さんが所属していたゼミでは、障害者について学ぶよりも先に、キャッチボールなどで実際に交流する機会に恵まれた。そのため自然なコミュニケーションが生まれ、障害者スポーツに関わっていく機会が増えていった。スポーツの練習や対戦相手になることは、障害者からのフィードバックが目に見える形で得られる。彼らの笑顔や喜ぶ様子が、齊藤さんのやりがいとなった。
留学準備
留学を決めたのは、アメリカに車椅子バスケットボールの大会を見に行ったときだった。知人に紹介してもらったテキサス大学のコーチから、障害者スポーツの勉強を勧められたことが留学への決意を後押ししたという。
金銭面に不安があったが、新設された北海道庁の海外留学奨学金制度「ほっかいどう未来チャレンジ基金」を利用し、留学費用を抑えることができた。渡米前には自身で組んだ留学カリキュラムを実現するために、テキサス大学のコーチや、実習先であるアラバマ州のレイクショアファウンデーションと積極的に連絡をとった。レイクショアファウンデーションは、障害者スポーツを促進し、オリンピック・パラリンピックのアメリカ代表チームのトレーニング施設としての役割を果たしている団体である。この事前準備が、留学後の授業と部活動の両立だけでなく、実習先でのスムーズな研修に役立ったと齊藤さんは話す。
部活動を通した学び
「障害者スポーツプログラムの存在自体がとても勉強になりました」と、齊藤さんは語る。障害者スポーツがカレッジスポーツの中に確立されているだけでなく、地域ぐるみで大学をサポートしていたり、カレッジスポーツを通じたビジネス活動でスポーツプログラムを整備していたからだ。
加えて、日本のカレッジスポーツの運営とは対照的に、アメリカではNCAAという組織が大学の全ての競技を運営している。NCAAによる多彩なプログラムの提供が、アメリカのカレッジスポーツを盛んにしている要因の一つではないかと感じたという。
障害者を取り巻く環境の違い
部活動や実習を通して、アメリカで多くの障害者と接したことで、齊藤さんには日本の障害者との違いが見えてきた。それは自立したマインドということだ。多くの日本の障害者が「どうやってスポーツをしたらいいですか?」と尋ねるのに対し、アメリカの場合は「このスポーツをやりたいのですが助けてもらえませんか?」という問いになる。「善し悪しは別として、考え方に差があるのは事実だと思います」と、齊藤さんは話す。
障害者を取り巻く日米の環境の差を埋めていくために必要なのは、「障害を持つアメリカ人法(ADA)」に相当する法律であると齊藤さんは感じている。ADAは1990年にアメリカで制定された連邦法で、障害者差別を禁止し、あらゆる人が制約なく社会参加できるよう義務付けている。
日本版のADAについて、齊藤さんはこう考えている。「法律というルールによって縛られるのではなく、それにより出来る範囲が明快になると考えることができます。ルールによって自分の行動基準がはっきりしてくるので、日本の社会でも生きやすくなるのではないでしょうか。もしそれで不都合が生じるのなら、自分たちでルールを変えるように社会に働きかけていけばいいと思います」
目標を達成するための鍵
アメリカ留学を通して齊藤さんは、障害者スポーツを取り巻く環境を整備するには、その環境を支えるコミュニティづくりが鍵になることに気が付いた。これには、地域が一体となり障害者スポーツをサポートしている滞在先の事例が参考になった。
齊藤さんは2015年と2016年の両年、車椅子ソフトボール日本代表チームのヘッドコーチを務め、国際試合にも参加した。現在は北海道ハイテクノロジー専門学校と北海道メディカル・スポーツ専門学校の教員として、「障がい者スポーツ概論・実技」、「スポーツマネジメント」、「スポーツコーチング」などの授業を担当している。
今年3月には障害者スポーツの団体「一般社団法人Hokkaido Adaptive Sports」を設立し、チームとして競技に参加するほか、学校向けのパラスポーツ教室を開催している。将来は「Hokkaido Adaptive Sports」を通じた社会活動として、プロスポーツとの連携や、イベント・講演会の実施、スポンサー募集などに取り組む予定である。
障害者が輪を広げ、彼らの社会参加と十分な貢献を可能にするために、誰もが役割を果たせるということを、齊藤さんの活動は示している。
齊藤さんはこう話す。「もし自分の大好きな人に障害があったら、何か必要なサポートを探したり、皆さん手伝うと思います。そこがまずスタートです。しかし、自分の大好きな人だけを手伝いますか? 皆さんそれぞれ大好きな人がいるはずで、その大好きな人も大好きな人たちに囲まれて生活しています。自分の大好きな人たちの『その先』を考えることで、個人からコミュニティへという視点が育っていくと思います。そういった変化を起こすための触媒のような存在になれたらと、今は考えています」
参考:「American Collegiate Society for Adaptive Athletics」によるアメリカの障害者スポーツに関するサイト
http://www.acsaaorg.org/resources.php
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