真っ青な海の中を降りていくと、目の前に現れたのは、サンゴ群のような海洋生物に覆われた「アクエリアス」と呼ばれる海中居住スペース。「まさに夢がかなった瞬間」。こう語るのは、日本人宇宙飛行士の金井宣茂(あだ名は「ニモ」)さん。

この10年前、自衛隊の潜水医官としてアメリカ海軍で研修を受けていた金井さんは、アメリカ航空宇宙局 (NASA) が極限環境ミッション運用 (NEEMO) プログラムを実施し、宇宙飛行士を訓練のため海中研究室に送り込み、滞在させていることを知りました。

その研究室が、世界で一つしかない海の中の研究所「アクエリアス」です。キーラーゴ島近くの「フロリダキーズ国立海洋自然保護区」のサンゴ礁わきにあり、フロリダ国際大学環境研究所が所有・運営を行っています。科学者や宇宙飛行士は、ここに最大2週間滞在し、訓練を受けます。

「NEEMO 20」に携わるスタッフが生活するアクエリアス (Photo courtesy of NASA)

「NEEMO 20」に携わるスタッフが生活するアクエリアス (Photo courtesy of NASA)

NASAは、NEEMOといった「アナログ的なミッション」を、南極やアリゾナ州の砂漠地帯、カナダのデヴォン島、ハワイのマウナロア火山などで実施しています。目的は技術実験と、月や他の衛星、火星、小惑星や国際宇宙ステーション (ISS) で人間が遭遇すると思われる環境に似た孤立した極限状況下で人間の生活や活動を観測することです。

金井さんは、宇宙航空研究開発機構 (JAXA)がISSミッションに派遣した一番の新人宇宙飛行士です。しかし、宇宙に行きたいと常に熱望していたわけではありません。「子どもの頃、宇宙飛行士になりたいと思ったことは一度もありません。夢どころか、頭の片隅にもなかったから、ただラッキーでした」と、アメリカン・ビューとのインタビューに答えてくれました。

外科医を目指していた金井さんは、防衛医科大学校に進学、潜水医学を勉強しました。その後、自衛隊によりフロリダ州パナマシティビーチにあるアメリカ海軍の潜水・救出研修施設に派遣され、さらにトレーニングを受けました。そこでNASAの宇宙飛行士の中には、海中医学や航空医学の専門家が多いことを知り、「医官で潜水医学を勉強した自分にも宇宙飛行士になれるチャンスがあるかもしれない」と思いました。

サンプル採集時に本体を安定させるため、ジェット推進研究所が開発した固定装置を岩石に取り付けるクルー (Photo courtesy of NASA)

サンプル採集時に本体を安定させるため、ジェット推進研究所が開発した固定装置を岩石に取り付けるクルー (Photo courtesy of NASA)

2009年には宇宙飛行士に選ばれ、2年後に訓練を終了しました。(あだ名の「ニモ」は、ディズニー映画に出てくる魚のキャラクター「ニモ」にちなんで、訓練中につけられました。)2015年7月には、NEEMOの訓練に派遣。宇宙飛行士2人、教官1人と一緒に参加しました。まず、「アクエリアス」内の滞在と活動をサポートする装置が設置されてある海上ブイまで船で移動、そこで下船し、ロープをつたって29メートル下の居住施設まで降りていきました。居住施設は海底から4メートル上に設置された台上にあり、いよいよ金井さんの「潜水技術者」としての活動が始まりました。

居住施設はバスと同じ大きさで、「ウェットポーチ(濡れた玄関)」から中に入ります。施設は4つのゾーンからなり、ウエットポーチと実験室、電子レンジ・テーブル・椅子が備え付けられた部屋、ベッドが6つある寝室に分かれています。

アクエリアスの構造と内部の様子 (Photo courtesy of Florida International University)

アクエリアスの構造と内部の様子 (Photo courtesy of Florida International University)

アクエリアス内は2.5気圧。海底で活動する時に受ける水圧と同じ大きさです。潜水技術士の体内は気体が飽和状態であるため、減圧せずに一度に最長9時間まで船外活動を行うことができます。潜水士は通常1時間程度潜ると海面に出る必要がありますが、ここでは「ガゼボ」と呼ばれる持ち運び可能な金属製空気タンクを使うため、潜水士は活動場所を離れることなく休憩を取ることができるのです。

「NEEMO 20」のクルー (Photo courtesy of NASA)

「NEEMO 20」のクルー (Photo courtesy of NASA)

アクエリアス内の生活はとても忙しいものでした。金井さんたちは、世界各国の学校、科学者、テクノロジー企業や国の宇宙プログラムから依頼された実験を次々にこなし、宇宙船やモジュールの外といった宇宙空間で使う可能性のある機材のテストも行いました。意思決定をテストする実験では、地球から火星や小惑星帯への通信が遅れることを想定し、ミッション管制塔からの指示が遅れた状況でさまざまなタスクを遂行しました。「イライラする状況でしたが、巧みな作戦で、あの暇な時間を建設的に乗り切ることができました」と金井さん。「待機中には、プランBやプランCの別の作戦を遂行することも可能でしたが、地上から答えをもらい、最初の作戦に戻りました」

10日間にわたる訓練は、アクエリアス内の減圧で終わります。金井さんらは、一晩かけて体内に溜まっている気体を安全に抜き出し、ようやく水面に浮上しました。太陽の下、新鮮な空気を胸いっぱい吸い込み、乗組員以外の人たちと久しぶりに会いました。

フロリダ沖の海中訓練から2年半。金井さんに次の大きなチャンスが訪れます。カザフスタンの発射台から打ち上げられる宇宙船ソユーズに乗り込み、400km上空にあるISSに向かうミッションです。

軌道周回中、金井さんには膨大な数の実験が課せられました。その一つが、マウスを使った実験で、微小重力が骨密度や筋肉量の変化といった加齢およびDNAの働きに与える影響の研究でした。これは、人類を長期間火星に送り出すことが将来的に実現可能かを理解するうえで非常に重要なプロセスです。また、他の宇宙飛行士と船外活動も行い、ISSのロボットアームの修理を行いました。

船外活動の様子。2018年2月18日撮影 (Photo courtesy of NASA)

船外活動の様子。2018年2月18日撮影 (Photo courtesy of NASA)

アクエリアスの時もそうであったように、金井さんは半年にわたり、数少ない乗組員と共同生活をし、協力して活動を行いました。深い友情も築きましたが、宇宙はアクエリアスよりもずっと孤独な場所でした。

「アクエリアスには、いつも誰かが訪ねてきてくれました。機材や食料などの必需品も、潜水士が毎日届けてくれます。でもISSでは、地上とは通信や補給機などを介した間接的な接触のみで、直接的な接触は全くありません」(金井さん)

このため、ISSの乗組員はみな家族のような関係を築きました。ISSにドッキングしてから5カ月後、金井さんは乗組員5人のうち2人と一緒に地球に戻ることになりました。軌道を離れて地球に戻るカプセルへ移動した時には、少しさびしいような、ほろ苦い気持ちになったと言います。カプセルはカザフスタンの草原に、「車が追突した」ような衝撃で着陸しました。ハッチが開き、新鮮な空気が入ってくると、「多くの人が笑顔で出迎えてくれ、カプセルから出るのを手伝ってくれました。感動で胸がいっぱいになりました」と、振り返ります。

今年8月。「ニモ」金井さんの姿は、再び海の中にありました。カリフォルニア州沖の別のNEEMOプロジェクトに参加し、月面着陸用の機材実験を行っていました。現在は、JAXAで広報活動を担当するとともに、自らの経験を活かして将来のミッションをサポートするフライト管制官として研修を行っています。既に海底訓練や長期間にわたる宇宙滞在の経験を持つ金井さん。次のチャレンジは、別世界への旅行かもしれません。

「できれば火星に行って、長期間滞在してみたいと思っています。火星は宇宙ステーションとは全く環境が異なります。宇宙ステーションは居住地のようなところで、制御され、機材も備わり、非常に快適な場所です。火星は行くのがずっと難しく、ストレスも大きいと思いますが、私たちはこうした問題に対応できると思います」