牛丸由恵 在札幌米国総領事館 広報・文化交流部

イランカラプテ!(アイヌ語で「こんにちは」)

2020年はアイヌ民族にとって、歴史的に重要な年になるのでしょうか? 今年、北海道白老町にウポポイ(民族共生象徴空間)が完成し、一般公開がスタートしました。ウポポイは、アイヌ文化の振興と普及のみならず、先住かつ少数民族であるアイヌの文化の復興と発展を推進する施設として期待されています。

ウポポイの開館というアイヌ民族にとって大きな出来事となる年ということから、在札幌米国総領事館は、アイヌ文化の若き担い手である萱野りえさんに、オンラインでお話を伺いました。萱野さんが在住する北海道平取町は札幌市から車で約90分、北海道の空の玄関口である新千歳空港からは東に車で1時間ほどの人口約5300人の小さな町です。平取町はアイヌ民族が人口の過半数を占める町でもあり、町内には「二風谷アイヌ文化博物館」「沙流川歴史館」「萱野茂 二風谷アイヌ資料館」などのアイヌ文化を学ぶ施設が多く点在しています。

萱野さんは、大学時代にアイヌ民族を対象としたウレシパ奨学金の第1期生として合格した経験があります。大学入学後にアイヌ文化を学び始め、自らのアイデンティティーやルーツを探求してきました。そのうちに大学時代の恩師から、アメリカの先住民族との交流を通じて、更なる探求と発見のチャンスがあることを知らされます。アメリカでの少数民族の状況にも興味を抱いた萱野さんは昨年、フロリダ州への旅行を実現。インディアンの一部族であるセミノール族との交流を体験しました。

在札幌米国総領事館:フロリダでのセミノール族との出会いから戻り、ご自身の中でアイヌ文化に対するアイデンティティーなどに変化は見られましたか? また、他者からみたアイヌ文化について、ご自身の受け止め方は変わりましたか?

萱野:アメリカの先住民族とアイヌ民族の立場の違いがより明らかになったと思います。印象に残っているのは、セミノール族が自治区を持っていることでした。アイヌ民族には自治区はありませんので、私たちの伝統文化である鮭漁や樹木の皮を剥ぐことも自由に出来ません。自治区を持つことでそれらが可能になると思います。また、セミノール族は自治区を持つことで、経済力の改善が出来るようになったとの印象を持ちました。先住民族にとって、経済力を持つことは大きな課題の一つですし、その点ではアイヌ民族も同じ課題を抱えています。他には、この旅を紹介したビデオにも出てきますが、セミノール族が自分たちで言語教育を行っていることも驚きました。道のりは遠く長いものかもしれませんが、このフロリダへの旅で、アイヌ民族の将来のありたい姿、一つのロールモデルが見えたと思っています。

セミノール族との交流は自分の進む道を探るきっかけとなった (©︎3Minute inc.)

セミノール族との交流は自分の進む道を探るきっかけとなった (©︎3Minute inc.)

在札幌米国総領事館:歌以外で、アイヌ文化を伝える新しい手法は何か取り入れていますか。例えばYouTubeやソーシャルメディアを使っての情報発信や、歌と何かを組み合わせた取り組みなどはいかがですか。

萱野:私自身は新しい手法よりは、既存の活動が中心です。アイヌの踊りに加え、資料館や口承文芸のクラスに助手として携わっています。最近ではテクノロジーが得意な方たちとのコラボレーションで、私が口承文芸の音源を提供し、YouTubeでの配信に挑戦しています。若い人たちの中には、アイヌ民族かどうかにかかわらず、YouTubeを使って直接アイヌ文化を発信する活動をしている人たちもいます。私はどちらかというと、歌や口承文芸などの自分が得意とする分野での活動に集中したいといったところでしょうか。

在札幌米国総領事館:アイヌ文化を伝えていく上で、現在難しく感じていることや課題があれば教えてください。

萱野:アイヌ文化は元々口承文化です。現在ご健在な方々よりも更に上の世代では、言葉によって文化が受け継がれてきました。しかし、今のアイヌ民族は世代を問わず教育も日本語ですし、アイヌ語も人を通じてではなく、カセットテープなどの音声媒体で学んでいます。現在70代くらいの方で幼少期にアイヌ語を聞いて育った人たちの中には、勉強して話せるようになった方もいます。ただ、資料も限られていますし、実際に母語としての日常会話を話せる人がいるわけではないので、実際にアイヌ語を学ぶという環境はかなり限定的だと思います。外国語のように、話せるようになるために語学留学するという手段もないわけです。私が口承文芸を自宅で練習する時には、子どもが聞いていることもありますが、家庭での会話は日本語ですし、私自身もアイヌ語を学び始めたのは大学に入学してからです。アイヌ語が日常生活に使われる言語ではなくなってしまったため、伝承はかなり難しいと言わざるをえません。アイヌ語と比べると、例えば古式舞踊やムックリなどの伝統芸能の範疇に入るものの方が伝承しやすいと言えると思います。

萱野りえさんは歌を中心にアイヌ文化の普及に努める (©︎3Minute inc.)

萱野りえさんは歌を中心にアイヌ文化の普及に努める (©︎3Minute inc.)

在札幌米国総領事館:2020年は、北海道白老町にアイヌ文化復興・創造の拠点であるウポポイが誕生し、アイヌ民族にとって重要な年になると思います。今後はアイヌ民族や文化について、どのような視点から伝えていきたいと考えますか?

萱野:ウポポイの開館は東京の公共交通機関でも中吊り広告が見られたほどと聞いており、このような広範囲での周知はかつてなかったことだと思います。ウポポイを通じて、アイヌ民族についての認知が全国的に高まるきっかけになればいいと思っています。ただ、アイヌ民族は白老だけではなく、二風谷、阿寒、旭川など北海道内にも点在していますので、このような他の地域にも多くの人たちの関心が向くことにつながって欲しいと期待しています。ウポポイへの訪問で終わるのではなく、実際に生活しているアイヌ民族についても関心を持ってもらえることが重要と考えています。皆さんが接する博物館でのアイヌがアイヌ民族の全てではなく、私たちは普段は日本人の皆さんと同じような服装をし、同じような食事をして、働いて生活を営んでいます。何か特別な存在の少数民族というよりも、そのアイデンティティーを明かさず皆さんの周りにいるかもしれないということを知ってもらいたいと思います。

バナーイメージ:フロリダのセミノール族を訪ねた萱野りえさん。2019年11月 (©︎3Minute inc.)