グラハム・シェルビー

「ケンタッキーに住んでいると日本の友人に話すと、決まって聞かれることが3つあります。バーボン、フライドチキン、それに競馬」

 斉藤孝三さんはこう言って、ケンタッキーを代表するモノのうち、ごく一部だけが有名になっていることを笑います。これがケンタッキーのすべてではないのに(日本について外国人が知っているのが、日本酒、すし、相撲だけだったらどう思いますか)。ケンタッキー州には約4300人の日本人が住んでいますが、斉藤さんはそのひとりで、ケンタッキー大学の機械工学の教授です。ケンタッキー在住の日本人のなかには、留学中の人もいれば、トヨタや日立をはじめとする、ケンタッキーで操業する150社を超える日系企業で働いている人もいます。彼らの多くは知っていることですが、この州には、訪れる人にとって興味深い歴史や観光地、イベントがたくさんあります。その例をいくつか挙げてみましょう。

マンモスケーブ国立公園

Mammoth Cave ケンタッキー州のマンモスケーブは、発見された洞窟群のうち世界で最も距離が長く、探索した距離は640キロメートルを超えます。地元の言い伝えによると、1700年代末、ある猟師が、傷ついた鹿を追ってグリーンリバーにほど近い洞窟の開口部から内部に足を踏み入れたことが、発見のきっかけだったそうです。実際には、洞窟は約4000年前からアメリカ先住民に利用されていました。

  現在、マンモスケーブを探索するツアーにはさまざまなものがありますが、そのひとつ「フローズンナイアガラ・ツアー」は、行程が1キロメートル未満と短く、水と岩石と時の経過が作り出した見事な自然の洞窟彫刻を紹介するツアーです。体力に自信のある「冒険家」は、ハイキングブーツでしっかりと足元を固めて、所要時間6時間、8キロメートルに及ぶワイルドケーブ・ツアーに挑戦してみてください。マンモスケーブ国立公園のウェブサイトでは、このツアーのことが「きわめて難度が高く」、「ケンタッキー・マンモスケーブの、とりわけ美しく『野性的な』エリアを探検して、その感動を味わいたい」人向けと説明しています。

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 バスケットボール

  ケンタッキーを代表するスポーツとして知られているのが競馬なら、ケンタッキーで一番愛されているスポーツはバスケットボールです。星野光泰さんは監査法人のKPMGに勤務し、1996年からケンタッキーに住んでいます。星野さんは、ケンタッキーの友人たちのバスケットボールへの熱中ぶりを「彼らにとってバスケットボールは、ほとんど宗教のようなもの」と評しています。街中であろうと、田舎の道であろうと、車を運転していると、私道や街灯、公共の公園などいたるところにバスケットゴールが取り付けられているのを目にします。

  ケンタッキーには全米プロバスケットボール協会(NBA)のチームがないので、ケンタッキー大学とルイビル大学の試合に2万人を超える観衆が集まり、チケットは完売になります。チームカラー(ケンタッキー大学は青と白、ルイビル大学は赤と黒)のフェイスペイントをしたファンが熱狂的声援を送ります。この2校はライバルで、毎年春に開催されることから「3月の狂気」(March Madness)の異名を取るし烈なトーナメント大会で、常に全米大学チャンピオンの座を競い合っています。決勝戦でこの2チームが争うことになると、ファンはケンタッキーのスポーツ・バーに詰めかけ、ボールの動きひとつひとつに一喜一憂して、それぞれのチームを応援します。

 バーボン Bourbon Festival, Barrel Roll horizontal ケンタッキー・バーボンが独特の風味を持つのは、当地の水に高濃度の石灰が含まれていることがひとつの理由だと言われています。世界のバーボンの95%がケンタッキーで生産され、それには日本も一役買っています。というのも、フォアローゼズ・ディスティラリーを所有しているのはキリンですし、最近サントリーがメーカーズマークとジムビームを買収しました。バーズタウンは小さな町ですが、蒸留所がいくつかあり、「世界のバーボンの首都」を自負しています。毎年9月にバーズタウンで開催されるケンタッキー・バーボンフェスティバルは、この地域に住む日本人には人気の高いイベントです。このお祭りは、州の人口(430万人)より、バーボンを熟成中の樽の数(490万個)のほうが多いと言われるほどケンタッキーの文化と経済に重要な地位を占めるバーボンをたたえるものです。

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 フライドチキン

Chicken Festival worlds largest fry pan  「カーネル」ハーランド・サンダースが育ったのは実際にはインディアナ州でしたが、1930年代に、ケンタッキー南東部のガソリンスタンドでフライドチキンの店を始めました。ロンドンという小さな町では、ケンタッキーフライドチキンの世界的な成功を記念して「世界最大を誇るフライパン」(直径3.2メートル)が呼び物のフェスティバルが催され、大食い競争、エッグハンティングや、雄鶏の鳴き声のモノマネ競争などが行われます。

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 ケンタッキーダービー

 Thunder Louisville Fireworks 01 ケンタッキーダービーのレース自体は2分ほどで終わってしまいますが、レースにまつわるイベントは短くとも2週間は続きます。ケンタッキーダービー・フェスティバルの幕開けを飾るのは、全米最大の花火のひとつ「サンダー・オーバー・ルイビル」。7月4日の独立記念日には多くの都市で花火が打ち上げられますが、「サンダー・オーバー・ルイビル」よりも豪華でカラフルなも花火大会はまれです。フェスティバルは、パレード、航空ショー、そして熱気球レースや数々のパーティーで大いに盛り上がります。

  5月の第1土曜日には、16万人を超える観客が伝統あるチャーチルダウンズ競馬場に集まり、優勝馬にバラのレイが掛けられることから「ラン・フォー・ザ・ローゼズ」として知られるケンタッキー・ダービーを観戦します。ダービーの前日は、オークス・デーとして親しまれていますが、こちらは競馬を(ずっと安く)楽しみたい地元の人たちにとても人気があります。オークス・デーには多くのルイビル市民がチャーチルダウンズを訪れるので、地元の学校は毎年この日を休校とし、企業の多くは重要な会議を次の週まで延期します。

  もちろん、ケンタッキーはこれだけではありません。州の歌「懐かしきケンタッキーのわが家」は世界的に有名で、バスケットボールの試合や競馬の前に、国家と共に演奏されることがよくあります。世界的に著名なケンタッキー州出身者には、エーブラハム・リンカーン、モハメド・アリ、ジョージ・クルーニー、ジェニファー・ローレンスらがいます。ケンタッキー州には、川や湖、広大な土地やなだらかな丘陵などがたくさんあります。星野光泰さんは「バーセイルズ・レキシントン地区には馬を飼育する牧場がたくさんあり、その間を抜けてドライブするのが好きです。本当に美しいところです」と言います。

  そして、忘れてはいけないのがケンタッキーの人々です。

  「ケンタッキーの人たちは、日本人を温かく受け入れてくれます」。今年ケンタッキー州知事公邸で開かれた「新年会」に出席した大倉典子さんはこう言います。イースタン・ケンタッキー大学の博士課程で教育学を学ぶ大倉さんは大阪の出身で、ニューヨーク市やワシントンDCにいたこともあります。2009年にケンタッキーに移ってきた当初は、なじむのに少し時間がかかったそうですが、今では「ここの人たちは、自分の家族みたいです」と言います。「とても友情にあつくて、ケンタッキーが大好きです」


Graham Shelby

グラハム・シェルビー

ケンタッキーを拠点に作家および講師として活動。1990年代に「語学指導等を行う外国青年招致事業」(JET)プログラムを通じて3年間福島県で英語を教えた。以来、日本での体験をもとに数多くのエッセーを執筆。日本語を教えたり、企業のワークショップで異文化コミュニケーションを指導するほか、全米各地の学校で多くの生徒たちに日本の昔話や怪談を英語で披露している。ウェブサイトはgrahamshelby.com。