2013年4月7日。エボシガイや貝殻、海藻で覆われた小さなボートがカリフォルニア州クレセントシティ市に漂着しました。ボートに記された日本語の文字から、2011年3月11日に東日本を襲った津波でほぼ壊滅状態になった陸前高田市の高田高校のものであることが判明しました。2年間にわたり、1万マイルの旅をしたこの小さなボートが、海を挟んだ両岸の人々の間に深い友情を築くきっかけになると誰が予想できたでしょう?

陸前高田市に返すボート「かもめ」を徹底的に掃除するデルノート高校の生徒たち(写真提供:ブレーク・インスコア)

陸前高田市に返すボート「かもめ」を徹底的に掃除するデルノート高校の生徒たち(写真提供:ブレーク・インスコア)

夏の間にボートを修復したクレセントシティ市のデルノート高校の生徒たちは、その名前が「かもめ」だと知りました。生徒たちは、これを持ち主に返そうと決意。2013年9月には、「かもめ」が無事に高田高校に戻ったことを確認しました。ところが「かもめ」の物語は、帰国の航海だけでは終わりません。それは、活気に満ちた2つの友情、高田高校とデルノート高校の姉妹校関係、そして陸前高田市とクレセントシティ市との姉妹都市協定の始まりとなったのです。

発展し深まる姉妹関係

両市の生徒と市民は名ばかりの友人ではありません。「かもめ」の帰還を受け、高田高校の生徒たちは、ボートを送り返してくれたことへの感謝の印として、デルノート高校の生徒たちを陸前高田市に招待しました。こうして姉妹校間の定期的な交流が始まり、生徒たちは食や言語、スポーツなど、それぞれの文化のさまざまな側面で交流を行いました。

陸前高田市から初めてデルノート高校を訪れた生徒たち。新たな友との特別なひと時を分かち合う(写真提供:ブレーク・インスコア)

陸前高田市から初めてデルノート高校を訪れた生徒たち。新たな友との特別なひと時を分かち合う(写真提供:ブレーク・インスコア)

しかし、両市のつながりは若者間だけにとどまりません。2016年秋、陸前高田市の関係者はクレセントシティ市に姉妹都市提携を打診します。その後クレセントシティ市のブレーク・インスコア市長は陸前高田市を訪問し、姉妹都市提携協定の正式な手続きを開始しました。市長はアメリカ海軍兵として横須賀に駐留していたときの経験談を陸前高田市民の前で披露し、困っていた時には一度も会ったことのない何人もの日本人が助けてくれたと話しました。

「私の人生に影響を与えてくれた日本の皆さまにお礼申し上げます。今の私があるのは、皆さまのご親切のおかげです。いつの日か私たちのコミュニティーが皆さまのコミュニティーに親切のお返しをし、同じ優しさを示すことができればと願っています」。この瞬間から両市は連携し、協力と交流の可能性のある分野を積極的に模索し始めました。

正式な関係の提携にあたり、インスコア市長は陸前高田市の戸羽太市長に「私たちの精神的な背景は異なりますが、これは偶然ではないと思います」と伝えました。「2つのコミュニティーをつなぐ神の摂理のようなものがあると思います。これは運命づけられていたと感じます」

姉妹都市協定を結び握手するクレセントシティ市のブレーク・インスコア市長、デルノート郡クリス・ハワード議長、戸羽太・陸前高田市長、伊藤明彦・陸前高田市議会議長(写真提供:ブレーク・インスコア)

姉妹都市協定を結び握手するクレセントシティ市のブレーク・インスコア市長、デルノート郡クリス・ハワード議長、戸羽太・陸前高田市長、伊藤明彦・陸前高田市議会議長(写真提供:ブレーク・インスコア)

生徒の交流が続く中、両市の市民が参加し、緊急時の備えや教育などを中心とした交流も行われました。ハイライトの1つは、クレセントシティ市が2019年12月に陸前高田市代表団を対象に開催したワークショップです。女性のエンパワーメント、児童生徒への早期英語教育、特別な教育的ニーズのある子どもたちへの積極的な支援など、戸羽市長が取り組む市の再建ビジョンを支援したのです。クレセントシティ市は、これらの分野の専門家を手配し、陸前高田市代表団と協議し、ワークショップ後の継続的な支援を約束しました。代表団はカリフォルニア州での滞在を楽しみながら、クリスマスの飾り付けを見て感銘を受けました。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で、現地への訪問はその後できていませんが、陸前高田市の人々は今年のクリスマスに向け、折り紙で作ったサンタクロースの付いたクリスマスリースをアメリカの友人たちに送りました。インスコア市長は、クレセントシティ市のシニアセンターでこのクリスマスリースを配布し、友好の輪をさらに広げたのです。

また、両市は友好をたたえ、経済的な結びつきを生み出す商品を共同開発しています。クレセントシティ市の地ビール会社「シークエーク・ブル―イング」は、姉妹都市提携にふさわしい「KAMOMEエール」と名付けた特別なビールを開発しました。ライト・ブロンド・エールが日本人の味覚に合うようにと、ビール醸造責任者は陸前高田市の代表団と相談したのです。日本側は、クレセントシティ市のセコイアと、陸前高田市の森の中で唯一生き残った「奇跡の一本松」(市の森から約7万本の木が津波で流された時に唯一生き残った松)をモチーフにしたラベルのデザインにも協力しました。シークエーク社と陸前高田市の地ビール醸造所は、日本でのアメリカ式ビール製造をシークエーク社が技術的にサポートする協定を締結し、来年夏の東京オリンピック期間中に「KAMOMEエール」を国内で販売する計画を進めています。

シークエーク・ブル―イング社の「KAMOMEエール」の発表を祝う陸前高田市とクレセントシティ市の代表(写真提供:ブレーク・インスコア)

シークエーク・ブルーイング社の「KAMOMEエール」の発表を祝う陸前高田市とクレセントシティ市の代表(写真提供:ブレーク・インスコア)

また、クレセントシティ市を拠点とする会社「ルミアノ・チーズ」は、陸前高田市の塩を自社の受賞歴のあるドライ・ジャックチーズ「かもめ」に取り入れ、その利益でより多くの陸前高田市の生徒がアメリカに旅行できるよう協力しています。

両市の友好を不朽のものにしたドキュメンタリー

人の心をつかんで離さないを「かもめ」の物語とそこから生まれた深い友好。NBCスポーツはドキュメンタリー番組「かもめ」を制作し、現在NBCのPeacocktv.comでストリーミング配信を行っています。番組は、ボートの返還から始まった陸前高田市とクレセントシティ市の特別な関係がどのように発展していったかを追います。「地球の半分ほども離れた陸前高田市とクレセントシティ市は、悲劇と偶然、そして1万マイルの大海の航海で結ばれている」。番組のナレーションはこう始まります。「普通なら起こりそうもない太平洋を挟んだ両市の間で花開く友好は、人間が本来持つ最良の本能を思い起こさせる」。番組では、インスコア市長が戸羽市長と並んでクレセントシティ市が贈ったセコイアの木を植える姿を映し出します。インスコア市長はその場面をこう回想します。戸羽市長の方を向いて「あなたと私がセコイアの木を持ってこの丘を歩いているなんて誰が想像できたでしょう?」と。戸羽市長は答えます。「そうですね、でもこうなることになっていたのですよ」

インスコア市長は植樹の瞬間を、「本当に、本当にリアル」と表現しています。「泥まみれになり握手をしたその瞬間、それ以外のことは全て見えなくなった。我々のコミュニティーが不思議にも結ばれたことを誇りに思う。そこにはただ、全く違う世界から来た2人の男がいるだけだった」

悲劇から生まれた希望

インスコア市長は、陸前高田市とクレセントシティ市の友好関係は、自身のコミュニティーは大きな世界の一部だという感覚を抱かせてくれたと考えています。「私たちの小さなコミュニティーは、もう1つの遠く離れた小さなコミュニティーとつながりました。それは国境を越えてつながることが可能であることを示しています」。また市長は、この先何年にもわたって友情が継続し拡大していくことを夢見ています。特に生徒同士の間でそうなればと願っています。「子どもたちは今後も成長し続け、もういない生徒たちを振り返り、『私も物語の一部なんだ!』と気付く日が来るでしょう。私のことや成し遂げたことを覚えている人はいなくなるでしょうが、子どもたちには違った視点から世界を見る機会があり、私が去った後もずっとこの物語の一部であり続けるでしょう」

陸前高田市とクレセントシティ市の物語は、国や文化が異なっても、人々の間に思いやりやつながりが生まれることを力強く思い起こさせます。それは思いがけない状況や、災害からも生まれるのです。「2020年に向けて学んだ必要なことは、悲劇から希望が生まれるということです」。インスコア市長はこう述べました。「それは犠牲や努力なしでは生まれません。希望は抱く努力を必要とします。陸前高田市と私たちのコミュニティーがそれを示せたことをうれしく思います」

そう、全ては1隻のボートから始まったのです。

バナーイメージ: 陸前高田市の代表とともにセコイアの記念植樹に参加したクレセントシティ市からの訪問団(写真提供:ブレーク・インスコア)