カート・M・キャンベル

これまで、新たに大統領に就任する者は、決まって困難な課題に直面し、その多くが失敗もしてきたが、米国の共和制が揺らぐことはなかった。

カート・M・キャンベルは、新米国安全保障研究所の最高経営責任者(CEO)である。著者は、本稿執筆に当たりリサーチ・アシスタントを務めたホ イットニー・パーカーとジョージ・ミッチェルに謝意を表す。この記事は、2008年11月にブルッキングス・プレスから出版されたキャンベルとジェーム ズ・B・スタインバーグの共著「Difficult Transitions: Foreign Policy Troubles at the Outset of Power(困難な政権移行-発足直後の政権を悩ませる外交政策の難題)」を基に書かれたものである。

2008年12月1日、新しい国家安全保障チームを公表するバラク・オバマ次期大統領(左から2人目) (写真 © AP Images)

2008年12月1日、新しい国家安全保障チームを公表するバラク・オバマ次期大統領(左から2人目) (写真 © AP Images)

(編集部注:本稿は、オバマ大統領の就任前に英語版が作成され、就任後に日本語に翻訳された)

米国では、現職大統領から次期大統領への政権移行は、変化や再評価の機会となっているが、その一方で深刻な危険もはらんでいる。バラク・オバマ次 期大統領は、2009年1月20日に宣誓就任した直後から、イラクとアフガニスタンで続いている戦争、世界経済を揺るがしかねないほど悪化している経済危 機、イランと北朝鮮で進行中の核開発プログラム、緊張が高まりつつあるロシアとの関係、かつてないほど複雑になってきた中国との関係、そして言うまでもな く、気候変動、世界規模の貧困、アフリカの紛争などの懸念事項と向き合うことになる。

政権移行に国家の安全保障にかかわる重大な試練が付いて回ることは今に始まったことではないとはいえ、特に今回の移行が従来と異なる危険をはらん でいる理由がいくつかある。第1に、今日のグローバル化した世界では、脅威の即時性と規模が過去のどの時点と比べてもはるかに大きく、生物兵器による攻撃 や株式市場の暴落がいったん起きると、その影響は分単位の速度で世界中に広がる。第2に、軍事面や経済面で国際的な相互依存性がますます高まっていること に加え、国境を越えた結び付きが強くなっていることもあって、大統領が誰であれ、戦略的に重要と思われるあらゆる地域の知識を完璧に備えてホワイトハウス 入りすることは、事実上不可能である。また今回の政権移行は、歴史上最も複雑なものとなりそうである。バラク・オバマが指揮を執ることになる国の安全保障 体制は拡大されて、現在は国土安全保障省などの新しい機関が増えたが、この体制で政権移行を経験するのは今回が初めてだからである。

これらの理由に他の要素が相まって、新政権は複雑で困難な問題に直面することになる。これらの問題を手際よく処理するには、オバマ・チームは、政 権移行期に3つの重要な課題に重点的に取り組まなくてはならない。すなわち、選挙中に行ってきた公約の再評価、意思決定と統治のための人材とプロセスの選 定、そして新政権発足直後の100日間の行動計画の作成の3点である。

選挙公約

政権移行の初期に起きる問題のひとつは、11月の本選挙よりさらに以前、まだ候補者が大統領職を目指して選挙運動を展開している間に生じる。ホワイトハウス入り後、にわか仕立ての選挙公約が大統領の頭痛の種になることは珍しくない。

国家安全保障に関するブリーフィングを初めて受けた後に、次期大統領が選挙運動中に行った公約を再評価しなければないこともある。新大統領が公約 を守らなければ弱腰と受け取られ、大統領としての信用にかかわる。しかし、新たに得た情報によって説得力を失ったにもかかわらず、選挙中にあまり考えもせ ず口にした公約に囚われすぎると、さらに悲惨な結果を招くこともある。

残念ながら、選挙運動中には重圧のせいで、どの候補者も少なくとも数回は必ず口を滑らせてしまうものである。選挙運動中は、ホワイトハウス獲得に 必要な支持を得るため、具体的な公約をすることが必要かもしれない。しかし、ひとたび選挙に勝利すれば、新大統領には、国内の主な有権者の支持だけではな く、世界各国の協力も必要となってくる。さまざまなシンクタンクが作成する膨大な政策提言や政策面のチェックリストが役に立つこともあるが、これは、後に なって無分別と分かるような政策的立場に候補者を立たせる危険も併せ持っている。

人材とプロセスの選定

外交政策の移行期に生じる2つ目の重要な課題は、意思決定と統治を行うために適切な人材を選び、最適なプロセスを構築することである。次期大統領 は、選挙前の時間を使って、主要なポストに指名する閣僚候補を吟味することもできる。しかしさまざまな理由から、選挙中の候補者はそうしないのが普通であ る。選挙に不運をもたらす、という迷信があり、それを避けることも理由のひとつであるが、ほかにも、選挙運動中の候補者には差し迫って処理しなければなら ない優先事項がある上に、大切な支持者の名前を閣僚ポストの選考対象として提示するのを忘れて、彼らを敵に回すことがあってはならないこともその理由であ る。

閣僚候補は一般に、留任、次期大統領の忠実な支持者または選挙顧問、オールスター、大物という4つのカテゴリーのどれかに該当し、それぞれに長所 と短所がある。前政権からの留任は、新チームに継続性と組織としての記憶を提供できるが、忠誠心に疑問が残る。忠実な支持者は、新指導者に対して献身的な 気持ちを持っていることは既に実証済みだが、意思決定に関しては「集団思考」に伴う危険がある。オールスターは、特定分野における政権の信頼性という面で は即効性があるが、大統領の個人的な指導スタイルと相性が良いとは限らない。大物は、世間に顔が広く知られている米国連邦議員の場合が多いことから信頼性 はあるが、一概に国家安全保障の分野での経験が豊富であるとは言えない。

こうした人材とプロセスの選定は、副大統領執務室についても行われる。しかもこれらの決定は、まだ固まっていない新政権の政策課題を考慮して行われなければならない。

政権発足直後の100日間

重水核施設を訪れるイランのアフマディネジャード大統領。平和目的の施設であるとするイラン政府に対し、西側の警戒は続いている(写真 © AP Images)

重水核施設を訪れるイランのアフマディネジャード大統領。平和目的の施設であるとするイラン政府に対し、西側の警戒は続いている(写真 © AP Images)

新大統領は、就任舞踏会がお開きになった時点で、厄介な矛盾を抱えることになる。この時点で、彼の人気はまさに絶頂にあるが、その一方で政権運営 能力は最も低いのである。そこで、大胆さと慎重さの間で微妙なさじ加減を取って、戦いを注意深く選別しながら、ぎりぎりの線で事を運ばなければならない。

ビル・クリントン元大統領は同性愛者の入隊を認めるという評判の悪い施策を率先して行い、そのために国防総省との関係を著しく損なったが、こうした政権初期の失敗は、新大統領が重要な政策課題の解決に向け勢いをつけることを妨げかねない。

新大統領は、前政権の政策を手当たり次第に排除したいという衝動を鎮めなければならない。この現象は、一部の評論家が「ABC」つまり 「Anything But Clinton(クリントン以外なら何でも良い)」症候群と呼んだ、ジョージ・W・ブッシュ大統領の1期目の特徴だった。

移行に関する助言

選挙運動中、大統領候補はまず思慮分別を持って公約をすることと、就任後に、意見を変える必要が生じるような新しい情報が入ってくるかもしれない ことを心に刻んでおかなければならない。第2に、大統領候補は仮定の質問に答えることは避けるべきである。第3に、大統領候補とそのチームは、選挙期間を 使って、自らの統治と政権運営のスタイルについて学び、じっくり考えておかなければならない。この時に得た教訓は、政権メンバーを決めるときに役立つ。ま た、自信過剰と見られずに政権の鍵となる人材を選ぶに当たり、1歩先んじたスタートを切ることができる。さらにロナルド・レーガンやジョージ・H・W・ ブッシュが効果的に行ったように、選挙期間中に、後に移行チームや政権運営チームとなる非公式、そして公式の顧問団を結成することができる。

本選挙と就任式の間の公式の政権移行期間中に、次期大統領はまず、チーム全体の人員構成を視野に置いて、人材の選考を行わなければならない。その 次に行うべきことは、新政権を担う人々の個性を考慮して、意思決定の手続きを定めなければならない。最終的に実施されるプロセスや手続きが成功するには、 各人の個性と非公式な関係がものを言う。チームは集団思考に陥ること(つまり、留任、大物、オールスターを指名せずに、大勢の忠実な支持者を指名するこ と)を防がなければならないが、逆に多様性が過ぎると意思決定ができなくなり、仕事上で強力な関係を築くことが阻害されかねないことを認識しなければなら ない。

就任して政権運営がしっかりと軌道に乗った時点で、大統領は迅速かつ効果的に、以前から継続している議論の解決に取り掛かり、早期の進展を実証す る小さな勝利を重ねて弾みをつける努力をしなければならない。新大統領は、予期しなかった政権運営の現実にも対応できるようになるまで、困難で複雑な問題 の解決を先送りすべきである。就任直後の100日間は、大統領の力が最も弱いことはよくあることだが、いわゆる「蜜月期間」を効果的に利用することができ れば、大きな進展も可能である。初期の段階に政権内で2極化する可能性がある国家安全保障関係者間の橋渡しをするために、第1歩を踏み出すことができる。

新大統領がホワイトハウス入りするときには、すでに実効的なチームが機能していて、政権発足時の予期せぬ危機に対処する準備が整っていなければな らない。さらに、新大統領は、早い時期から頻繁に立法府と協働していかなければならない。ジョージ・W・ブッシュのチームは、国家安全保障プロセスの設定 において行政府を偏重したため、連邦議会との関係において出だしでつまずき、上下両院内の支持者との関係に大きなひずみが生じた。

危険と機会

第2次世界大戦以降11回を数える政権移行の歴史は、危機と機会に満ちた戒めの物語である。行政府、立法府と司法府の間の微妙な権力均衡、行政府 で政治任用者が果たす役割、ほかの国々に見られる英国式政治形態の議会制度と大きく異なり、期間が長く、綿密な政権移行の過程など、米国の政治制度には独 特の特徴が数多くある。

無数の脅威が存在し、緊急情報が流れ込み、官僚機構が巨大化する複雑な世界では、米国の政権移行を見つめる目には、希望の光と不安の影が両方宿っ ている。こうした不安が反映するものは、政策ががらっと変わってしまうかも知れないという単純な危惧(きぐ)だけにとどまらず、過去にも政権移行を揺るが した失敗や混乱が起きるかもしれないという懸念も反映している。

これまで数百年にわたり、多くの課題や、時には失敗もあったが、それでも米国の政権移行は、驚くほど整然と平和的に行われてきた。時には後退も あったが、米国憲法、法の支配、選挙手続き、大統領制は変わることなく尊重されてきた。これまで、新たに大統領に就任する者は、決まって困難な課題に直面 し、その多くが失敗もしてきたが、米国の共和制が揺らぐことはなかった。

* 本稿で述べられた意見は、必ずしも米国政府の見解あるいは政策を反映するものではありません。