ノエラニ・カーシュナー

ウクライナやアメリカなどの世界各国の芸術・文化関係者は、ウラジーミル・プーチンによる理不尽な戦争からウクライナの貴重な文化遺産を保護しようと急ピッチで作業を進めています。

ロシア軍による断続的なウクライナへの爆撃は、多くの人たちを恐怖と苦しみに陥れています。全土におよぶ爆撃は、何千もの命を奪い、数百万人が避難を余儀なくされています。

首都キーウにあるミステツキーアーセナル国立芸術文化博物館複合施設の事務局長、オレシア・オストロフスカ=リュータは、BBCの取材に、「美術館や博物館、文化施設などの状況は、病院や学校、住宅地と何ら変わりはありません。私たちは爆撃にさらされています」と述べました。

2016年、ミステツキーアーセナル国立芸術文化博物館複合施設で展示されていたウクライナの画家マリア・プリマチェンコの作品。同様の作品が、ロシア軍による2月27日のキーウへの爆撃で損壊した (© Efrem Lukatsky/AP Images)

2016年、ミステツキーアーセナル国立芸術文化博物館複合施設で展示されていたウクライナの画家マリア・プリマチェンコの作品。同様の作品が、ロシア軍による2月27日のキーウへの爆撃で損壊した (© Efrem Lukatsky/AP Images)

キーウのイバンキフ歴史郷土史博物館では、ロシアの爆撃により、所蔵していたウクライナの民俗画家、マリア・プリマチェンコの作品約25点が焼失しました。プリマチェンコはかつてピカソが「芸術的奇跡」と絶賛した画家です。また、数週間前にはハルキウの主要美術館が爆撃にあい、およそ2万5000点の作品が雨や雪にさらされました。おそらく修復は絶望的だと思われています。

ウクライナ国民のみならず、世界中の人たちが、アート作品のさらなる損傷を防ごうと行動を起こしています。リヴィウにあるウクライナ最大の博物館の一つ、アンドレイ・シェプティツキー国立博物館の事務局長、イーホル・コザンは3月、AP通信の取材に、他のヨーロッパの国々から支援の電話を日々受けていること、そして職員たちと博物館の作品の保護に奔走していることを明らかにしました。職員たちは何日もかけて、作品を安全に保管するために箱詰め作業を行いました。

リヴィウ市にあるアンドレイ・シェプティツキー国立博物館。ロシア軍の攻撃に備え、損傷リスクを減らすため貴重な原稿や書籍を移動する職員たち。3月4日撮影 (© Bernat Armangue/AP Images)

リヴィウ市にあるアンドレイ・シェプティツキー国立博物館。ロシア軍の攻撃に備え、損傷リスクを減らすため貴重な原稿や書籍を移動する職員たち。3月4日撮影 (© Bernat Armangue/AP Images)

コザンは、ワシントン・ポスト紙の取材で、「私たちの歴史や遺産が生き残るには、すべてを地下に保管しなければならない」と述べました。

記念碑、史跡、アートの保管

オデッサにあるオデッサ美術館の館長は、侵攻するロシア軍による破壊を防ぐため、美術館周辺に有刺鉄線を張るよう命令しました。オデッサ美術館は、1万点の作品を所蔵し、そのなかには16世紀のものも含まれています。また、ここには、オデッサで幼少期を過ごした前衛芸術家のワシリー・カンディンスキーによる世界で貴重な作品が数点保管されています。

市内では、ボランティアの人たちが、近くに落ちた爆弾の金属破片によって銅像が損傷しないよう、リシュリュー公爵像の周りに砂袋を積み上げています。

オデッサにあるリシュリュー公爵像。攻撃から守るため砂袋が積み上げられている。3月9日撮影 (© Nina Lyashonok/Ukrinform/NurPhoto/Getty Images)

オデッサにあるリシュリュー公爵像。攻撃から守るため砂袋が積み上げられている。3月9日撮影 (© Nina Lyashonok/Ukrinform/NurPhoto/Getty Images)

また、司書、公文書保管人、研究者たちは、ウクライナの文化遺産をオンライン上で保存するプロジェクト(SUCHO)に参加し、技術を駆使して、文化施設とデジタルコンテンツを記録しています。

リヴィウ市遺産保護事務所の所長、リリヤ・オニシュチェンコは、ザ・ガーディアン紙の取材に、「文化の喪失は、アイデンティティーの喪失」と語りました。

衛星画像を活用

アメリカでも、政府、教育関係者、市民が自分の役割を果たしています。バージニア自然史博物館の考古学担当学芸員補で同博物館の文化遺産監視ラボ館長を務めるヘイデン・バセットは、ウクライナの文化遺産を監視する地理空間データベースの作成を支援しています。

文化遺産監視ラボ(バージニア州)のヘイデン・バセット。高度な衛星画像を用い、ウクライナのリスクにさらされている文化遺産を監視している (© Virginia Museum of Natural History)

文化遺産監視ラボ(バージニア州)のヘイデン・バセット。高度な衛星画像を用い、ウクライナのリスクにさらされている文化遺産を監視している (© Virginia Museum of Natural History)

衛星画像を研究するバセットのような専門家は、ウクライナ国内の教会・聖堂、モスク、寺院、美術館・博物館、記念碑、墓地、アートセンター、アーカイブ、古墳、遺跡発掘現場など、多くの場所を監視しています。

バセットは、大学新聞UVA Todayの取材で、「体を張って文化遺産の保存にあたる勇敢なウクライナ国民にとって、何よりも必要なのは情報です。いつ、どこにある文化遺産が影響を受けるか、もしくは危険な状況にさらされているかといった情報が求められています」と述べました。

(右)キーウの聖ソフィア聖堂。爆撃の危険にさらされているユネスコ世界文化遺産の1つ (© Ruslan Kalnitsky/Shutterstock.com) (左)祈りの姿勢をとる聖堂内の聖母マリアのモザイク。キリスト教正教会の聖母マリアを描いたもの (© Efrem Lukatsky/AP Images)

(右)キーウの聖ソフィア聖堂。爆撃の危険にさらされているユネスコ世界文化遺産の1つ (© Ruslan Kalnitsky/Shutterstock.com) (左)祈りの姿勢をとる聖堂内の聖母マリアのモザイク。キリスト教正教会の聖母マリアを描いたもの (© Efrem Lukatsky/AP Images)

ロシア政府は、2月のウクライナ侵攻の前からも、クリミアを含むウクライナの歴史修正を試みてきた形跡があります。国連は、クリミアでのロシア政府のウクライナ文化の扱いを「野蛮」と表現しています。

アメリカ政府は2002年から、ウクライナの18の文化保存プロジェクトに170万ドルの支援をしてきました。この支援活動を支えているのが、国務省教育文化局が運営する「文化遺産のためのアメリカ大使基金」です。

リー・サターフィールド国務次官補(教育・文化担当)は、「ウクライナの文化遺産はかけがえのないもの。その文化の損傷や破壊は世界にとって大きな損失となる」と述べました。

バナーイメージ:リヴィウ市にあるアンドレイ・シェプティツキー国立博物館。ロシアの攻撃に備え、美術品を安全な場所に避難させる準備をしている。運んでいるのは、Annunciation to the Blessed Virgin of the Bohorodchany Iconostasis(ボホロドチャニーでの聖母マリアへの受胎告知聖画壁)。3月4日撮影 (© Bernat Armangue/AP Images)

*この記事は、ShareAmericaに掲載された英文を翻訳したものです。