宇田川サーシャ

フライパンに多めの油を入れてカリッと焼き上げるポテトパンケーキの香りから、12月のホリデーシーズンを思い浮かべるアメリカ人はほとんどいない。昔、親戚をホリデーブランチに招いたことがある。そのときにポテトパンケーキを作った。キッチンに立って、一枚一枚、心をこめて焼いた。その日のメニューは他に、クリームチーズとスモークサーモンを添えた焼きたてのベーグル、ソーセージ入りロールパン、そしてスパイスのきいたホットアップルサイダー。デザートは、鮮やかな赤や緑のアイシングで飾り付けたクリスマスツリーやサンタクロースの形のクッキー。

私が作ったポテトパンケーキは「ラトケス」と呼ばれ、11月下旬あるいは12月に祝うユダヤ教のお祭り「ハヌカ」で伝統的に食べられる料理だ。でも私が準備したブランチがユダヤ教の祝日のためならば、なぜソーセージ入りロールパンを食べていたのだろう? ユダヤ教徒は豚肉を食べるのを禁じているはず。そしてユダヤ教のお祝いにクリスマスクッキー? なぜだろう?

ユダヤ教徒の多くは豚肉を食べない。これは本当だ。しかし、私の家族は正統派ではない。父はユダヤ人だが、母はクリスチャンだ。小さい頃は、クリスマスとハヌカの習慣を組み合わせてお祝いしたが、教会やシナゴーグにはほとんど行かなかった。このように、アメリカは異なる文化、宗教の人々が形成するモザイク社会だ。だからホリデーシーズンは、クリスマスのお祝いが圧倒的に多いが、他のお祭りも祝う。

別名「光の祭り」としても知られているハヌカは、紀元前2世紀、ユダヤ教の祭祀(さいし)を禁じ、ギリシャ神の信仰を強制したシリアのギリシャ王から、エルサレム神殿を奪還したユダヤ人たちの勝利をたたえる、8日間にわたるお祭りだ。神殿を再び奉献するには、永遠の火をともす必要があったが、残っていた聖油はわずか1晩分。しかし奇跡が起こり、この油が8日間燃え続けたのだ。今日、ユダヤ人家庭ではハヌカ祭の間、毎晩「メノラー」と呼ばれる燭台にキャンドルを立て、灯をともす。そして、永遠の火を燃やし続けた油を象徴して、油を使った料理を食べる。子どもたちは、毎晩、プレゼントやコインの形をしたチョコレートをもらい、「ドレイドル」とよばれる小さなこまで遊ぶ。

クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝うお祭りだ。そもそも宗教的な祝日だが、アメリカだけでなく世界各地で、キリスト教徒以外にも多くの人たちがクリスマスツリーを飾り付け、プレゼントを交換し、サンタクロースに扮するなど、クリスマスの世俗的な伝統を楽しんでいる。クリスマスシーズンの最も普遍的な要素のひとつに食事がある。クリスマスの伝統料理は地域や家庭の習慣によって異なるが、私の大好物は新鮮なカキを使ったクリームシチューと、ラムやブランデーを入れスパイスのきいたエッグノッグ。これらはクリスマスの時期だけに味わうことができる、特別なごちそうだからだ。

しかし、アメリカ人が12月に祝うお祭りはクリスマスとハヌカだけではない。アフリカ各地で古くから行われている収穫祭を起源とする「クワンザ」というお祭りもある。これは、アフリカ系アメリカ人が自分たちの文化的、歴史的ルーツと再びつながりを持てるように、1960年代に確立された。クワンザは12月26日から1月1日まで1週間お祝いし、最終日にはゴマ、オクラ、サツマイモといったアフリカ原産の食材を使ったさまざまなアフリカ料理を振る舞う。

Kwanzaa Celebration

「クワンザ」を祝ってニューヨークの自然史博物館で披露された、ハイチの文化に敬意を表すダンス (AP Photo/Jennifer Szymaszek)

アメリカ人のほとんどは、世界各地からやってきた移民であり、その子孫だ。だから、私のように両親が異なる文化や宗教的背景を持っていることは珍しくない。そのような家族はホリデーシーズンになると、どちらの宗教行事をするかで時々もめることがある。私の両親は離婚していたため、私は父の家ではメノラーのキャンドルをともして「ハヌカ・オー・ハヌカ」を歌い、その後家に帰って、クリスマスツリーを飾り付け、母とクリスマスキャロルを歌ったものだ。両親は特に信心深いほうではなく、子どもたちに両方の伝統を経験して欲しいと望んでいた。そのため、私たちにとって、ホリデーシーズンをこのような形でお祝いするのはとても自然なことのように思えた。

ホリデーシーズンのもうひとつの要素に、クリスマスカードを送る習慣があるが、アメリカでは多様な宗教に対応できるよう変化してきた。今では個人も、企業や団体もその多くが、クリスマスをお祝いしない人への配慮から、“Merry Christmas”ではなく、“Happy Holidays”や“Seasons Greetings”といった文面の一般的なカードを送るようになっている。フェイスブックでは、友だちリストにいる全員に向けて“Merry ChristmaHanaKwanza”というメッセージを投稿する人もいる。

企業もクリスマス色の濃いデザインの包装や飾り付けを避け、雪や冬景色といった一般的なイメージのものを選ぶようになっている。学校では、子どもたちにアメリカを形成する多文化を理解、尊重するようになってもらおうと、クリスマス、ハヌカそしてクワンザの要素を取り入れたホリデーパーティーを企画する教師が増えている。

12月、アメリカ人は、それぞれの宗教や文化的な背景に応じて、さまざまな祝日を祝う。しかし、どのお祭りもフィナーレは大みそかだ。大人の場合、おしゃれをしてパーティーやナイトクラブに出かけ、シャンパンを飲んだり、夜を明かして踊ったりする人もいる。また、スパイスのきいた鶏肉料理「ジャークチキン」やピーナッツスープといったクワンザのごちそうに舌鼓を打つ人もいる。だが、ホットココアを片手にソファでくつろぎ、タイムズスクエアのボールドロップをテレビで見ながら新年のカウントダウンをする、という過ごし方が多数派だろう。小さな子どもでさえ、この日は遅くまで起きて、新年までの残り10秒をカウントダウンしようとする。翌朝、街には静寂が訪れる。ほとんどの人が、家でくつろぎ、せわしない年末のホリデーシーズンからやっと解放されたと、一息ついているからだ。多くの人は、この新年の始まりに、1年の抱負や目標を立てる。

ニューヨークのタイムズスクエアでは、大晦日のカウントダウンに使われるクリスタルボールが、花火とともに定位置に据えられる(AP Photo/Craig Ruttle)

ニューヨークのタイムズスクエアでは、大晦日のカウントダウンに使われるクリスタルボールが、花火とともに定位置に着く(AP Photo/Craig Ruttle)

 

Sascha Udagawa 宇田川サーシャ。在日米国大使館ライター・英語編集者。カリフォルニア大学サンディエゴ校卒業(ビジュアルアート専攻)。日本文化に興味を持ち、1991年に英語教師として来日。在日米国大使館に勤務する前には、長年にわたり和英翻訳者として働く。