1月30日、トランプ大統領は就任後初の一般教書演説を行うことになっています。世界中に中継され、多くの人々が視聴する一般教書演説は、毎年1月か2月に連邦議会議事堂で行われ、大統領が過去1年間の成果を振り返り、次の1年の政治課題を説明する機会となります。

一方で一般教書演説は、アメリカの民主主義が機能していることを如実に表すものでもあります。大統領の就任時や国葬を除き、連邦政府の三権の代表(大統領は行政府を、上下両院の議員は立法府を、そして最高裁判所判事は司法府をそれぞれ代表しています)が一堂に会するのはこれが唯一の機会です。ほとんどの閣僚も出席します。

2017年の両院合同会議で演説するトランプ大統領。後方はペンス副大統領(左)とライアン下院議長 (© AP Images)

トランプ大統領は就任後わずか1カ月余りの2017年2月28日、初めて両院合同議会での演説をしましたが、これは正式な一般教書演説ではありませんでした。

過去の一般教書演説

過去の一般教書演説のなかから、特に広く知られるようになった一節をいくつか挙げてみましょう。

フランクリン・ルーズベルト大統領 (© AP Images)

フランクリン・ルーズベルト大統領は1941年1月6日の一般教書演説で「4つの自由」(言論の自由、信仰の自由、欠乏からの自由、恐怖からの自由)を提唱し、第2次世界大戦へのアメリカの関与を主張しました。

ジョージ・W・ブッシュ大統領 (© AP Images)

ジョージ・W・ブッシュは2002年の演説で「悪の枢軸」という言葉をつくり出し、イラン、イラク、北朝鮮をテロ支援国家に指定しました。

ホワイトハウスの執務室で一般教書演説の原稿に最後の手を入れるロナルド・レーガン大統領 (© AP Images)

時には、一般教書演説に招かれたゲストが注目されることもあります。ゲストを招くという伝統は、1982年、レーガン政権時代に始まりました。ワシントンのポトマック川にフロリダ航空の旅客機が墜落した際、1人の乗客の命を助けたレニー・スカットニクさんを、当時のレーガン大統領夫人が招いたのです。

最も短い演説をした大統領 ジョージ・ワシントン(1088語)
最も長い演説をした大統領 ジミー・カーター(3万2667語)
演説がテレビ中継された最初の大統領 ハリー・トルーマン(1947年)
演説がネット配信された最初の大統領 ジョージ・W・ブッシュ(2002年)

一般教書演説の起源は米国憲法にあります。憲法第2章第3条1項に、大統領は「随時、連邦議会に対し、連邦の状況に関する情報を提供し、自ら必要かつ適切と考える施策 について審議するよう勧告するものとする」と規定されています。

一般教書演説に招待された記憶に残るゲストたち(敬称略)

レニー・スカットニク―ポトマック川にフロリダ航空の旅客機が墜落した際、おぼれかけた乗客の命を助けた人物。1982年、ナンシー・レーガンが招待

ローザ・パークス―1955年、バスの運転手が白人の乗客に席を譲るよう命じたとき、これを拒否した公民権運動のシンボル。1999年、ヒラリー・クリントンが招待

ヘルミス・ムータルディエ―乗客の靴に仕込まれた爆弾の爆発を阻止した客室乗務員の1人。2002年、ローラ・ブッシュが招待

ウェスリー・オートリー―発作を起こしてニューヨークの地下鉄の線路に落ちた男性を救った建設作業員。2007年、ローラ・ブッシュが招待

一般教書演説の会場では誰がどこに座るのか?

一般教書演説が行われる連邦議会下院本会議場の席順はどのようになっているのでしょうか。下の図をご覧ください。

(Julia Maruszewski/State Dept.)